15:刺激的な言葉
もこもことした私服姿の真紅を部屋に上げると、彼女は今日もまた居心地良さそうな様子で古びたソファーに腰を下ろした。
そして改めて聖斗の何もない部屋の中を見回して真紅は頬を緩ませる。二日連続で一切の娯楽のない聖斗の部屋に来ても飽きる事はないようで、どこか嬉しげな雰囲気が漂っていた。
こうしてリラックスした表情でくつろぐ彼女の姿を見ていると、さっきまで聖斗の中で渦巻いていた不安が嘘のように消えていく。
「それじゃあ黒曜さん。俺は部屋で着替えてくるから。それまでのんびりしてってよ」
「では。お言葉に甘えてのんびりさせて頂きますね」
そう言いながら真紅はソファーの端に置かれていたクッションを手に取る。
こうして真紅を家へあげるようになって、聖斗はあまりにも部屋に何も無さすぎるのを気にしていた。せめて真紅が座る場所だけでも快適に過ごせるようにと、自室にあったクッションをリビングへと持ってきたのだ。
真紅はそのクッションをまるでぬいぐるみのように抱きしめると、そのままごろりと横になって寝転んだ。ふにゃりと顔を綻ばせて気持ち良さそうにしている彼女の姿を見ると、聖斗の口元にも自然と笑みが浮かぶ。
(黒曜さんって、こういうところあるんだよなぁ)
学校では悪魔と呼ばれ恐れられる真紅だが、彼女にはこうした可愛らしい一面もある。それがまた聖斗の心をくすぐるのだ。
そしてその姿は聖斗に気を許してくれている、自分の事を信頼してくれているという証でもあった。
聖斗が思わずくすっと笑い声を漏らす。するとそれに反応するように真紅の顔がこちらに向けられて目が合った。
「どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもないよ」
聖斗は照れ臭くなり目を逸らすと、彼女は不思議そうな顔をしながら再びクッションへと視線を戻した。
抱きしめたクッションと共にのんびりと寝転ぶ彼女の姿を眺めつつ、聖斗は着替えを済ませる為に自室へと戻った。
自室のクローゼットに手を伸ばした聖斗は学校の制服を脱ぎ捨て、中にあった衣服に袖を通していった。ハンガーラックに吊るしてあるロング丈のダウンジャケットを羽織り、最後にマフラーを首元に巻いて準備完了。
そしてリビングへと戻るとソファーの上で寝転がっていた真紅が、ゆっくりと体を起こしながら聖斗の方へと振り向いた。
「黒曜さん、準備出来たよ」
「わあ。それが緋根くんの私服姿なのですね」
「ま、まあ……あんまり待たせると悪いかなって思って、適当に見繕ったんだけど」
聖斗は自分の服装を見下ろして照れ臭そうに頭を掻く。
着ている服は至って普通のシンプルなデザインで、新しめのジーンズに無地のスウェット、その上にダウンジャケットを羽織って、首にはマフラーを巻いているだけだ。
それなのに真紅は目をきらきらと輝かせながら聖斗の全身を眺めていた。
「緋根くん、とても似合っています。私服姿の緋根くんは魅力的です」
「そ、それは言い過ぎだよ……。魅力的だなんて言われたら……なんだか恥ずかしいし」
「いえ、本当です。普段見慣れない格好をしているせいでしょうか、緋根くんの事がいつもより大人っぽく見えてしまいます。それにすごくかっこいいです」
「んああ……黒曜さんってば……」
顔を赤くして視線を逸らす聖斗に真紅は微笑みかけた。
「ふふ、照れてる緋根くんは可愛いです」
「もう……勘弁して……」
真紅から純粋無垢な笑顔で見つめられ、褒められて、聖斗はどう反応すれば良いのか分からず戸惑っていた。
こうして聖斗が私服姿を見せた時、甘楽がそれを褒めた事は一度もない。どれだけ必死に選び抜いたコーディネートでも、ありとあらゆるファッションサイトを通じて調べたものでも、服屋の店員と相談して決めたものであっても、かっこいいとか似合っているとか魅力的だと甘楽が口にした事はなかった。だからこうして女性に褒められる事に慣れていない聖斗にとって、真紅から浴びせられる称賛の言葉はどれも刺激的だった。
(可愛い、かっこいい、魅力的……か)
真紅の言葉には心が揺さぶられる。彼女の言葉一つ一つが聖斗の胸の中に響き渡って、熱を帯びていく。今まで他人から受けた事のない感情に戸惑いながらも、悪くはない気分だった。
聖斗は少しだけ頬を緩ませて、改めて自分の姿を見直してみる。真紅が褒めてくれたその服装を覚えていようと、また真紅から褒められたくて、その姿を目に焼き付けていた。
「では緋根くん。準備も出来たようですし一緒に行きましょうか」
「ああ。でも何処に? 情報収集って言ってたけど」
「それは歩きながら説明しましょう。人を待たせているのであまり時間はかけられませんので」
「人を待たせている……か。分かった。それじゃあ歩いている最中に聞くよ」
アパートの外へと出ると、真紅は聖斗と肩を並べる。
聖斗は真紅の隣で復讐への第一歩を踏み出した。
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