07:唯一の希望
真紅との隣人関係が始まってそれからすぐの事。
理由は分からないがクラスの女子達による真紅への陰湿ないじめ、毎日のように繰り返されていた彼女を虐げる行為の数々はある日を境にぱったりとなくなった。
聖斗はその時、真紅へのいじめのリーダー的な存在であった『結城 香織』が遠い場所へと転校する事になり、それでいじめが収まったのだと思っていた。
けれど様子がおかしい。
いじめが収まったその代わり、真紅に向けて囁かれる言葉――『黒曜 真紅は悪魔だ』と女子だけではなく男子までが口を揃えて言い出すようになった。同時に聖斗の彼女であった甘楽も『聖斗、黒曜 真紅には絶対に近付いちゃダメだから』と今まで以上に釘を刺した。
陰湿ないじめが無くなった後に待っていたのは真紅への徹底的な無視。唯一行われるのは真紅を『悪魔』と呼ぶ陰口だけだ。クラスメイト達は真紅の事を腫れ物に触るように、遠巻きにして見るだけになった――いや、違う。腫れ物ではない、彼女を本当に『悪魔』のように恐れてクラスの誰もが近づけなくなったような、ぴりぴりとした刺すような空気が教室を包んでいた。
しかし当の本人である真紅は相変わらずで、特に変わった様子もなくいつも通りに過ごしていた。
この時、教室で一体何が起こっているのか聖斗には分からなかった。
その一方で真紅という人物の事を、隣人関係になってからの三ヶ月で、聖斗は彼女の世話を続けていく中で知っていく。
タッパーに入れた料理を渡しに行く毎日。真紅は掃除も出来ないので時にはその手伝いに部屋へお邪魔したり、生活力皆無な彼女の為に聖斗は尽力していた。放っておけば何をしでかすか分からない、彼女の日常生活は今にも火が付きそうな爆弾より危ないものに思えた。
真紅は確かに変わっている。普通の人とは違う『何か』を持っている。けれど彼女が周りの生徒達から『悪魔』と呼ばれるような人間ではないと聖斗は思っていた。
彼女は優しかった。そしてたまに見せる笑顔は凄く綺麗で、どこか守ってあげたくなるような、そんな女の子だった。ただひたすらに不器用で人との接し方が分からない、それだけのはずだとそう思い続けている。
そして同時に真紅の持つ普通の人とは違うその『何か』が、今の聖斗には希望のように思えていた。
甘楽の誕生日――。
聖斗との間にあった恋人という関係が紛い物だったと知った後――。
ずぶ濡れになっていた聖斗は一度アパートへと戻りシャワーを浴びて体を暖めた後、畳んだ黒い傘を持って真紅の部屋の前に立っていた。
「黒曜さん……引っ越してきた時、言ってたよな……。ヘドロの溜まった底から俺を助け出してくれるって」
甘楽に利用され裏切られた今なら分かるのだ。真紅が転校してきた初日、彼女がクラスメイトに向けて放った言葉。
――クラスに漂う、今すぐにでも死んでしまいそうな程に悲しい匂い。
真紅はその『何か』で見抜いていた。いや、嗅ぎ取っていたのかもしれない、聖斗のクラスに蔓延る異常を。
今は彼女のその直感に頼るしかない。利用され裏切られた聖斗には、これから先どうやって生きていけば良いのか何一つ分からなかった。
真紅の部屋のチャイムに手を伸ばす。
ゆっくりと開いていく扉――そしていつもと変わらない表情で彼女が顔を出した。
「緋根くん。来たのですね、やっぱり」
「黒曜さん、その、傘を返そうと思って……」
「コンビニで買った安物の傘です。返さなくても良いとお話したとおりですが」
「い、いや……コンビニの傘でも黒曜さんの物には変わりないから……だから」
「傘を返したいだけではありませんね。話したい事が他にもある、そうではないですか?」
彼女はそう言いながら笑む。真っ直ぐにその紅い瞳で見つめられ、聖斗は言葉を詰まらせる。まるで全てを見透かされているかのような感覚に陥った。
「……っ。黒曜さん。少し俺の話を聞いて欲しい……」
「もちろんです。緋根くんには引っ越してきてからお世話になってばかりですから。たくさんの恩があります、どのようなお話でも」
「あ、ありがとう」
聖斗が頭を下げた直後だった。
真紅はそっと手を伸ばして――優しく聖斗の頭を撫でていく。
「緋根くん。あなたが望むならわたしはいくらでも力を貸すつもりです。さあ、どうぞ」
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