04:初めて見る笑顔
真紅は聖斗を見つめながら、目をぱちぱちと瞬きを繰り返していた。
一晩泊めてくれる、という言葉に戸惑っているのか、真紅は首を傾げながら言葉を返す。それはまるで迷子の子供のような仕草にも見えて、何だか少し可愛らしく思えた。
「良いのですか? わたしを泊めても」
「非常事態みたいだしさ……黒曜さんこのまま放っておいたら本当に朝まで立っていそうだし。ただ……この事は他言無用で頼むよ。俺ってさ彼女が居て、相手が誰かは言えないけど……その彼女に黒曜さんを泊めたってバレたらどうなるか……」
聖斗は怖かった。勇気を振り絞って告白した相手、学園のアイドルである甘楽と付き合えるようになってから、彼女との間に出来た関係にヒビが入ってしまう事を何よりも恐れた。だから甘楽のお願いは何でも聞いてあげたし、彼女が嫌だという事は今まで一度もした事がない。
それに甘楽は真紅の事をよく思っていない。というかかなり嫌いな部類に入るだろう。転校初日の真紅の発言は、甘楽にとって非常に不愉快なものだったらしい。
そんな真紅を、甘楽の彼氏である聖斗が家に泊めたなんて事を知られたら、きっとそれは別れ話にまで発展してしまう。それもあって彼は忠告に従っていた、今この瞬間まで真紅を助けてあげようとしなかった。けれどもう限界だ、これ以上見て見ぬ振りは続けられない。
そうして真紅を入れようと開けてある扉。それでも彼女が中に入ろうとしない姿を見て、聖斗は『言うだけ無駄だったか……』と心の中で呟きながら、扉を閉じかけたその時だった。
「……緋根くんは、やはり他の方とは違いますね」
「え?」
「学校の嫌われ者が相手でも――困っているからと手を差し伸べる。お付き合いしている方との関係に亀裂が生じる可能性があるにも関わらず、人を助ける為ならばそのリスクを冒す事が出来る。わたしは緋根くんのそういう所がとても素晴らしいと思います」
真紅の顔に笑みが浮かぶ。学校では一度も見た事がない彼女の笑みは聖斗の心を強く締め付けた。
それ程までに美しい、尊さすら感じる程の、眩い笑顔だった。
「差し出がましい話かもしれませんが、一晩だけお邪魔させて頂ければ幸いです」
「あ、ああ……。それじゃあ、上がって」
彼女の笑顔に見惚れていたのも束の間。
真紅は両手で鞄を持ち直しながら、こくりと小さく頷く。立ち尽くしていた足が聖斗の部屋に向けて動き出していた。
「何もない部屋だけど……まあ、寝るには十分だと想う。俺はソファーで寝るから、黒曜さんが嫌じゃなかったら俺のベッドを使って」
「ありがとうございます。鍵が合っていても今日は床で眠るつもりでしたので、柔らかなベッドを貸して下さるというのは本当にありがたいです」
「床……? あのさ、引っ越してきたって言ってたけど……家具は?」
「明日、引越し業者の方が運んできてくれます。今日の所はあの部屋は何もない、空っぽです」
「じゃ、じゃあ……黒曜さんだけ来て、他の準備は何も済んでないってそういう事?」
「ですね。今日を旅立ちの日と決めていたので、引越し業者の方が間に合わなくても仕方ないかな、と」
「いやいや……順番がめちゃくちゃだって……」
鍵が合わないと立ち尽くしていたのもおかしいが、何も運び込まれていない空っぽの部屋で寝泊まりしようだなんて、それも十分過ぎるほどにおかしな話だった。
彼女は聖斗にとって色々な理解を超えている。常軌を逸した行動と言っても間違いないくらい、真紅のやっている事はぶっ飛んでいた。
聖斗は呆れながら彼女の背中を押してリビングへと案内する。
そして真紅をソファーへ座らせ、自分はキッチンへと向かった。
夕飯は下ごしらえを済ませた後そのままになっていて、料理を再開する前に真紅の為にコーヒーでも淹れようと思った。
一人暮らしを始めるにあたって買った電気ケトルに水を入れて電源を入れる。数分後には湯が沸いたので、それをインスタントコーヒーの粉を入れたマグカップに注ぎ、リビングのソファーに座る真紅のもとへと持っていった。
「えっと……飲む? コーヒー」
「気を遣ってくださってありがとうございます。喉が乾いていたので嬉しいです」
「喉が乾いていたっていうなら、普通に水の方が良かったかな?」
「いえ。コーヒーはとても好きですので」
「そ、そっか。じゃあ飲んでくれ。それと夕飯は……食べてないよな?」
「はい。今晩は用意もないので我慢しようかと」
「それ明日大丈夫なのか……? 明日、体育でマラソンやるんだぞ?」
「体力には自信があるので大丈夫です。ご心配をおかけしてすみません」
「そういう問題じゃないと思うんだけど……。そもそも立ちっぱなしで今日は疲れてるだろ?」
「まあそれなりには疲労を感じていますね」
「じゃあ……せっかく来たんだし黒曜さんの分も夕飯用意するから。別に良いよな……?」
「願ってもないことです。本当に何から何までありがとうございます」
そう言って頭を下げる真紅を眺めながら、本当に変わっている子だなと思いつつ、キッチンへと戻っていった。
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