02:最悪の出会い

 聖斗は渡された黒い傘の下で――黒曜 真紅との出会いを思い出していた。

 それは今から三ヶ月前に遡る。


『めちゃくちゃ綺麗だけどマジでやばい奴』


 聖斗が黒曜 真紅に抱いた第一印象はそれだった。

 高校二年生の夏休みが明け、新学期が始まったちょうどその頃。聖斗が通う私立高校に彼女は転校してきた。


 転校初日、朝のホームルーム。

 クラスメイトへの自己紹介の場で登壇した彼女は、皆の前で静かに口を閉ざしたまま教室を見回す。その瞳はまるで何かを観察するかのように細められていて、彼女の周りからは異様な緊張感が漂っていた。


 そして次の瞬間、教室内がざわつき始めたのだ。

 誰もが驚いた様子を見せていたのだが、その理由は彼女が発した言葉が原因だった。


「この教室、随分と嫌な臭いがしますね」


 その一言がクラス全員の耳に入り、騒めきが大きくなっていく。


 担任の男性教師も慌てたように彼女をなだめようとした。だが、それは逆効果にしかならなかった。


「は……はぁ!? そ、そうか? 別に他の教室と変わらないと思うが……」

「そうですか? わたしにはとても気持ち悪いように思えますが」


「気持ち悪いって……。黒曜さん、転校初日なんだから口を謹んで。ほら、みんな怯えているよ?」

「まあ確かに怖がらせてしまったかもしれませんね。では言い方を変えましょう。――このクラスの皆さんは、今すぐにでも死んでしまいそうな程に悲しい匂いがしています」


「……」


 その言葉を聞いた途端、教室内の空気は更に冷たくなっていた。ひそひそと生徒達は囁き合い、教師さえもが沈黙してしまう。同じクラスで聖斗の恋人である甘楽は、鋭い形相で真紅を見つめながら、怒りに体を震わせていた。


 とんでもない奴が転校してきたとクラスメイトの誰もが同じ反応を見せていた。聖斗だってそうだ、いきなり訳分からない事を言われて戸惑うばかりである。


 そして騒然としていたのも束の間。ホームルームは再開され、真紅は教師から自分の席へと案内される。


 一番後ろの窓際の席の隣――なんて不幸な事か、真紅は聖斗の隣に座る事になっていた。


 席に向かって移動する時も、他のクラスメイト達を細目で見ながら殺気立つような視線をぶつける。そのせいで誰も彼女に目を合わせようとはしない。


 やがて席に着くと、彼女は机に鞄をかけて――その時だった。隣に座っている聖斗に向けて、小さく呟いたのだ。


「――ねえ、あなた」

「え……? 俺?」

「そう。あなただけは違いますね、良い匂いがする。優しい香りがして、とても心地が良いです」


 聖斗は苦笑するしかなかった。意味不明な発言を繰り返す真紅が隣の席になって、果たして二学期を無事に過ごせるのか、ひたすら不安になった。

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