【完結】隣の悪魔と徹底的で破滅的な復讐をする事になった件
そらちあき
01:絶望の底
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「一体、どうして……?」
今日は聖斗の恋人――
彼女は類稀なる美貌の持ち主でありながら、学年のテストでは常にトップに輝いていて運動神経も抜群。そして周囲に明るい笑顔を振りまく性格も相まって学園のアイドルとして持て囃される程の人物だ。
そんな聖斗と甘楽が付き合い始めたのは今から一年と少し前。
聖斗の願いは天に届いたのか、彼にとって高嶺の花であり一度も話した事がなかったはずの甘楽への告白は成功した。そして2年生に進級すればクラスも同じになり、その時の聖斗は『神様って本当にいるんだ』と彼女と同じクラスになれた事をひたすら感謝した。
そして今日。
自分の大切な彼女を盛大に祝う為、サプライズになるだろうとチャイムも鳴らさずに、こっそりと訪れた彼女のアパートで――聖斗はその光景を目の当たりにした。
部屋の中に居たのは聖斗以外に二人。
一人は聖斗の彼女である甘楽。しかしもう一人は男――聖斗が通う学園内で知らない者はいないであろう有名人だった。イケメン王子として学園に君臨し、女子から黄色い声援を浴び続ける
その甘楽と我間の二人が互いに裸になって、ベッドの中で互いの体を弄り合う姿に、聖斗は唖然とするしかなかった。
同時に甘楽と我間の二人も聖斗が部屋に入ってきた事に気付き、驚きで声音を染めている。
「ま、聖斗? あんた、今日はバイトで来るのが遅くなるって言ってたじゃない!」
「え……あ、彼女の誕生日だからって……バイトの先輩が気を利かせてシフト替わってくれて……急いでここに来て、でも、え?」
聖斗は混乱した頭のまま、手に持っていた紙袋を落としてしまう。すると中に入っていたプレゼントの箱が音を立てて辺りに散乱していた。
買ってきたケーキが箱から飛び出して床に飛び散る。甘楽が欲しがっていたブランド品のネックレスも転がり落ちていたが、そんな事を気にしている余裕もなく、聖斗はただ呆然となりながら二人を見つめる事しか出来なかった。
二人は裸のまま固まっていたが、先に我を取り戻したのは我間の方だった。
彼は頭をがりがりと掻きながら聖斗へと鋭い視線を向ける。
「お前さぁ、マジで空気読めよ。ゴミクズが」
「え……?」
突然浴びせられた罵声に聖斗は絶句する。今までこんな風に面と向かって誰かに罵倒された経験などない。だが不思議と怒りや悲しみといった感情を抱く事は出来なかった。それよりも自分がどういった状況に置かれているのか理解する事の方が重要だったからだ。
だが状況を理解しようと思考を巡らせれば巡らせる程、疑問が増えていくばかり。我間の口から出てくる言葉の数々が聖斗の思考を混乱の渦に巻き込んでいく。
「甘楽の為にせっせと働いてりゃいいのによ。急いで帰ってきただ? あ?」
「が、我間……どうしてここにお前が。ていうか……なんで裸で……?」
「こっちのセリフだよ、てめえ何やってんだよ? オレら今イチャイチャしてんだろ? なのになんで邪魔すんの? 今から甘楽とヤるとこに乱入してくるとか、頭おかしいんじゃねえの?」
「か、甘楽とヤる……? お前こそ頭おかしいんじゃないか!? 甘楽は俺の彼女でもう一年も付き合ってて……!」
「うるせぇ! そういう設定だろうが! 今はオレ達だけの時間なんだから黙ってろよ!!」
「……せ、設定……?」
我間の言っている事が聖斗には何一つ理解出来なかった。甘楽の方を見ても彼女は何一つ答える事もなく、口を固く結んでこちらの様子を窺っているだけ。我間の放った言葉が聖斗の頭の中で反響し続ける。
――設定。
それは聖斗と甘楽の関係が本来ならありもしない紛い物で、まるで演劇の配役で決められた偽りの恋人であると言っているように聞こえた。しかし、そんな事は決してないはずだった。
去年の秋に聖斗は甘楽に勇気を出して告白した。そして甘楽は聖斗に向けて微笑みながら、その告白を受け取ってくれた。
『ありがとう。私もずっと好きだったよ』
あの時の笑顔を聖斗は一生忘れないと誓った。二人は固い絆で結ばれているはずだった。設定などではない、あの時に本物の恋人になったはずなのだ。それなのに目の前にいる我間は、それが嘘であるかのように吐き捨てた。
「そんなわけない……俺達は本当に付き合って……そ、そうだ。これはきっと夢なんだ……」
ここは現実ではない。これが夢なのだと本気で思った。だからこんなにも非現実的であり得ない光景が広がっているのだと。だがその考えは間違いだった、現実だと理解するのに時間は掛からなかった。頬をつねっても、顔を叩いても、決して目が覚める事はない。でも認められなかった、認めたくなかった。
「きょろきょろしやがって。まだ分かんねえのかよ、こいつ」
我間は甘楽の唇を、聖斗の前で奪っていた。付き合って一年と数ヶ月、聖斗がまだ一度も触れた事のない大切な恋人の唇を、その男は簡単に奪い去ったのだ。
信じられない。信じたくない。だけど目の前にあるこの事実だけは絶対に変わらない。
そこでようやく聖斗の中で悔しさと怒りが入り混じった感情が湧き上がる、爆発しそうになる。しかし聖斗はそれを必死に抑え込む。ここで怒鳴り散らしても意味がない事は分かっていた。
甘楽はきっと脅迫されているんだ。我間は甘楽の弱みを握っていて、彼女を言いなりにしているのだと、きっと、そうに違いないと、聖斗は今の状況を無理やり解釈した。そうでなければ説明がつかない――そのはずなのに。
我間とキスをする甘楽の表情は、まるで恋人を想うような幸せなものだった。
「……っ~!?」
「ばーか。さっさと帰りやがれ、クソ野郎。甘楽ももうそいつからは搾れるだけ搾り取ったろ? もう十分じゃねえか、一年以上も我慢したんだからよ」
「そうね……バレちゃったしもういっか。聖斗の貯金も無くなりそうだし、最近は貢いでくれるお金もかなり減ってきたし……そろそろ限界かなあとは思ってたんだよね」
甘楽がベッドから立ち上がる。大きなため息と共に、彼女は呆れたように聖斗を見下ろしていた。
そんな彼女の態度に、聖斗は全身が震え上がった。今までの甘楽とは雰囲気が違う事に気付く。そしてそれは聖斗にとって一番恐れている展開だった。
甘楽はそのまま我間の隣に立つと、床に投げ捨てていた自分の服を手に取り、身に着けていく。
そして彼女は聖斗に向かって手を差し出した。
「か、甘楽……?」
「ほら、返して。うちのアパートの合鍵、もうあんた用済みなんだから」
「ど、どういう事だ……? せ、説明してくれ……!!」
「あーもう……めんどくさいやつ、これだから童貞は……。じゃあ分かりやすく、徹底的に言ってあげる」
甘楽は深い溜息を吐きながら、心底面倒臭そうに言葉を続ける。
「あんたさぁ、本当に私と付き合ってると思ってたの? 悪いけど、それ全部嘘なんだけど。演技だったんだよねぇ~。どう? 私の迫真の演技、見抜けなかったでしょ?」
「……え、えんぎ……?」
「そっ。大体さぁ、何回デートしたってキスも手も繋いだ事もないなんてさあ、おかしいとか思わなかった? 学校でも秘密の関係で口外禁止とかさ~」
「え……あ……」
「あんたは都合の良い財布くんだったわけ。頼めばいくらでもお金をくれるATMっていう感じ? 私ってさぁ、可愛いじゃん? だから男に良くちやほやされるじゃん、で聖斗みたいな冴えない奴にちょっとでも媚びを売るとさあ、本気で喜んじゃって。ちょろいなあって思ったよね~」
「嘘だ……嘘だ」
「それでさあ、何度同じ事をやっても気付かないから、色々とやりやすくて助かったわ。あんたみたいなタイプは馬鹿にされてるって自覚がないから、本当に楽だもんね。私がねだれば何でも買ってくれるし、泣いたふりすればすぐ騙されてくれる。ちょろ過ぎて何度も笑っちゃったよ。それに私ってば性格も良いから、ちゃんと彼氏とは話付けてあったし。彼氏に言わないでこういう事しちゃうと心配かけちゃうでしょ。ね、風太」
「おう。この一年は甘楽のおかげで随分と贅沢させてもらったぜ、てめえがせっせと甘楽に貢いでくれるおかげでよ。助かったぜ、財布くん」
「う、嘘だ……そんな事あるはずない! だって俺達はずっと一緒に居て、だからこれからもずっと一緒で、幸せに暮らしていけるんだって、そう信じていたのに……!」
「あはは、それは残念だったわねー。空っぽでぼろぼろのだっさい財布なんかに興味ないわけ。さっさと合鍵返してよ、あんたみたいなゴミカス野郎がこれ以上持ってても意味ないし」
甘楽は聖斗の手を掴むと、強引に彼のポケットの中に手を突っ込んだ。そして中に入っていたキーホルダーが付いた鍵を取り出す。
甘楽はそれを聖斗に見せつけるように持ち上げると、満面の笑顔を浮かべながら、こう言ったのだ。
「――バイバーイ、財布くん♪」
その瞬間、聖斗の中で何かが崩れ落ちた。
目の前にいる女は誰だろう、今まで信じてきたものはなんだったのか、愛していた人は一体どこにいるんだろう、俺は今何をしているんだ、これは夢なのか現実なのか、それとも幻覚か妄想なのか。もう何も分からない。ただ分かる事は、自分はもう二度とあの頃には戻れないという事だけだった。
立ち上がった我間が乱暴に聖斗を玄関の入り口へと押しやった。
「おら、さっさと出ていけよ。クズ」
ドアが開かれ、冷めきった夜の空気が肌を刺すようだった。
聖斗は抵抗する事なく外へと追い出された。
扉の向こうでは我間と甘楽が笑い声を上げているような気がしたが、もう聖斗にはどうでも良かった。
雨が降り始めている。
十二月という寒空の下、降り注ぐ雨は痛い程に冷たい。
でもその冷たさすら今の聖斗にはどうでも良かった。
全身ずぶ濡れになりながら、聖斗は公園に立ち寄った。
誰もいないベンチに座って、すぐ傍にある電灯に照らされ、聖斗はくしゃくしゃの顔になりながら大粒の涙を流した。このまま消えてしまいたい。何もかも放り出して逃げ出せばいい。だがそれが出来ないのもまた事実だった。
どうしてこんな事になったのだろうか――そう考える度に思い浮かぶのは、甘楽と過ごした日々の記憶。彼女と付き合った後、出会って間もない頃、二人で遊んでいた頃の思い出。
あれは……彼女が見せていた笑顔は、全て聖斗を利用する為の演技――紛い物だった。あんなにも優しくしてくれた甘楽は、自分の事などこれっぽっちも想っていなかった。
ただ金だけを搾り取る為に、自分を利用していただけなのだ。
悔しくて悲しくて、やり場のない怒りが胸の中を駆け巡っていく。
どうすれば良いのか分からなかった。
どうやって生きれば良いのかさえ、今の彼には答えが出せなかった。
そんな時だった。ふと目の前に誰かが立った気配を感じたのだ。同時に体へぶつかるように降り注いでいた雨の感触がなくなる。
顔を上げると、黒い傘が視界に入った。
そこに立っていたのは一人の少女だった。
腰まで伸ばした艶やかな黒い髪に、宝石のように透き通った紅い瞳。血の気のないような冷たい表情をした彼女は、聖斗が通う高校の制服を身に纏っている。
「緋根くん。何をしているのですか?」
どうしてこんな所にこの子が? 一瞬頭の中に疑問が沸いてくるが、それ以上を考える気力も返事をする力も今の聖斗には残されていない。少女から差し出された傘の下でただ黙って視線を落としていた。
「風邪を引きますよ? 家に帰りましょう」
「…………」
「仕方ないですね」
「…………」
黒髪の少女は溜息を吐くと、手に持っていた傘を聖斗へと押し付ける。
「使いなさい」
「え……?」
「わたしはもう帰るので、そのまま使って下さい。さっきコンビニで買ったものですので返さなくて結構です」
「あ……」
「では、そういう事で」
それだけ言うと、少女はその場から立ち去っていく。
渡された黒い傘と少女の後ろ姿を交互に眺めながら聖斗は呆然としていた。
彼女は聖斗の住むアパートの隣人――
誰もが目を引くような美貌を持ちながら、校内では『悪魔』と呼ばれ、生徒達から恐れられる存在。
彼女との出会いは今から三ヶ月前。
それは聖斗にとって最悪の出会いであり、同時にこれから巻き起こる数々の苦難から、絶望の底に沈んでいた彼を救い出す、運命的な出会いでもあった。
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