あなたとの真夜中を終わらせないで
尾岡れき@猫部
あなたとの真夜中を終わらせないで
「真夜中になったら、私はガラスの靴を履いて、カボチャの馬車で姿を消すわ。(At midnight, I’ll turn into a pumpkin and drive away in my glass slipper.)」
[ローマの休日より]
【
眠たそうに机に突っ伏す幼馴染を見て、
幼馴染といっても、それぞれコミュニティーができる。男の子、女の子でいつの間にかそれぞれのグループ、役割ができて。気にならないワケじゃない。ただ無邪気に干渉できない。そんな年になってしまったのだ。
消化不良の円佳のため息と、勇斗の寝息が重なった。
カチカチ。時計の針が小さく鳴る。もうちょっとで日付が変わる。これぐらいで、今日の勉強は切り上げようと、円佳は背伸びをした。集中しすぎて頭痛がしたので、窓を開けて――思わず、目を見開く。
隣の家――勇斗の家から出る人影を円佳は見てしまった。明らかに、勇斗の部屋から屋根を、そして庭の樫の木をつたって降りていく影。住宅街は、思うほど光は失われていない。
(あのバカっ)
かぁっと頭が熱くなる。最近は人の輪にも入ろうとせず、机に伏して睡眠を貪ってい勇斗だ。その原因を見た気がした。きっと悪い友達が――。
そういえば、と思う。もともと色素が薄い勇斗の髪が、最近ではさらに色が落ちている気がする。銀糸のように、妙にきらびやかさがあった。何だか消えてしまいそうで・漫然と不安を感じていたのが、それは錯覚じゃなかったと思う。
気付けば、円佳は行動を起こしていた。
【
柱時計が、ぼぉんぼぉんと鳴って日付が変わったことを告げる。王宮図書館の書庫の奥底。開かずの扉があった。禁書が置かれているという言い伝えだけが残っていたが、事実は違う。姫様はランタンを片手に、封じられた扉の前に立つ。
「ラーク」
「はっ、ココに」
「貴方は別に付き合わなくていいのよ?」
「姫の侍従としての役目を果たさせていただけたら」
頭を下げる。毎晩、同じ言葉を交わす。その度に姫は小さく笑う。彼女の人生のなかで、最大のワガママかもしれない。どんな公務も勉学も率先して行なってきた。多くの貴族の模範であり、民の希望。それがラークの仕えるセレナという姫だった。
我が儘とは思わない。ただ、この逢瀬を見届けるのは、心を殺さないと辛い。ただ、それだけだ。ラークは石像になった心持ちで、控える。
セレナはランタンの火を消した。
あっという間に闇の中に溶け込んでいく。カビ臭い本の匂いに包まれて。無言で、ただ時を待つ。
まるで鬼火のように青い光が反射した。魔力が繋がったことを示している。まるで、水面がそこにあるように。波紋を広げる。と、空気が揺れて、人の姿その輪郭を描く。魔力を宿して、青いフィルター越しに動く度に粒子が散っていく。今、異世界との交信が開始されのだ。
(姫は今日、どんな物語をユートにせがむつもりなんだろう?)
そう思いながら。ただ微動だにせず、闇のなか控える。この世界とは違う”地球”という場所と交信をしているのという。どちらにせよ、一時の夢物語。終わらない夜はないのだ。
深夜くらい、物語に耽っても良い。
どうせ、この夜ももうすぐ終わる。
姫が唯一、素顔を晒せる時間だ。その相手が自分ではないことが、ただ悔しいが。唇を噛み締めながら、この逢瀬を見守るしかなかった。
【
物語に夢中になったのは、いつ振りだっただろうか。思い返してみるが、セレナにはその記憶がない。物心がついた時から、礼儀作法、政治、経営、多国語、帝王学、芸術。その他、様々なものを教え込まれてきた。だから、単純にユートの語る物語は、興味がそそられた。
ユートの国では、200万人もの人が文学を創っているという。それこそ首都に匹敵する人数だ。今でも思い出すだけで目眩を覚える。
ユートの語る物語は不思議で溢れていた。そもそも世界が違う。分からないことだらけだったけれど、一つ一つ聞きながら、物語を噛み締めていくのが好きだった。
そのなかで、ユートが教えてくれた物語のなかに、”ローマの休日”という演目がある。
なんでも、ユートのお父様の大切なコレクションらしい。
”ローマ”も”映画”もイマイチ分からなかったけれど、お姫様と平民の恋に、胸がドキドキした。こちらの価値観で考えれば、有り得ない話だ。身分の差は明確だ。そもそも接点をもつことがあり得ない。
でも、もしこの休日のように、ユートと一日だけでも良いから、手を繋ぐことができたら。
深夜。魔力は静謐な空間のなか、雑多な情報を排除すればするほどに高まる。魔力越しだから、ユータの表情はよく分からない。でも声色から察する彼は、常に穏やかだった。
違う世界と交信ができた。それだけで、奇跡なのだ。
真夜中という時間帯。
閉じられた扉。
その他にも条件はあるのかもしれない。でも、そこを研究するほどの時間は、セレナを始め、この国には残されていない。
魔力が枯れているのだ。
大地の養分は枯渇し、雨は降らない。酸素は濃度が薄くなる。取り込む魔力が無いから免疫も低下する。結果、魔力の多い土地を求めて戦争が起きる。
でも世界で一番、魔力の含有量が多いとされていた、この王国も魔力が枯れている。
多分――ユートと話せるのも、今日で最後だ。
少しでも、民を生きながらせたい。せめてお別れを言う時間は作ってあげたい。
それなら、私の魔力を土に還そう。焼け石に水だが、少しは引き伸ばせるだろう。それだけ王族が持つ魔力は絶大なのだ。
今は精一杯笑おうと、セレナはそう思った。
【
「At midnight, I’ll turn into a pumpkin and drive away in my glass slipper
(真夜中になったら、私はガラスの靴を履いて、カボチャの馬車で姿を消すわ)」
セレナがそう呟くのを聞いて、勇斗は耳を疑った。
それは彼女が一番、好んでいた”ローマの休日”でのセリフだった。彼女が暗記できるくらい、何回も何回も繰り返し、物語を紡いだのだ。
深夜。光も届かない廃校舎で。
幼馴染とも疎遠になり。男友達とも折り合いが悪くなって。何をするにしても、面白くなくて。何をするでもなく、開かずの間。旧図書室にたどり着いたのだ。
奥の書庫に――。空っぽの本棚を抜けた奥に。開かずの扉があった。たまたま、真夜中に忍び込んで。懐中電灯の灯りを消した。魔法使いの儀式のように。特別なお呪いをするように。
あの時、そんな偶然が重なったのだ。
青い光が燦々と飛び込んで。
勇斗は、セレナと出会った。
あの日と同じように。
あの日より儚く。まるで蛍の燐光のように。淡く、消えそうで。
この扉の向こう側は、昼間はただの壁だ。
手をのばしたところでえ、届かない。
だけど、勇斗は手をのばした。
反射的に、セレナも。
【
これは夢なんだろうか? 円佳は吸い込まれるように、その光景を見ていた。ただ単に、勇斗のことを心配して追いかけてきただけのはずなのに。重ねて見続けた、別世界のお姫様との逢瀬に、いつの間にか見惚れてしまっていた。
何より、と思う。勇斗がこんなに笑う姿を、今まで見たことがなかった。
だけど――この瞬間は傍観することができなかった。
勇斗の指先と、お姫様の指先が触れた瞬間、勇斗の躰が淡い光に包まれて。青白くて。煌めいた。まるで爆発するように、光り輝くのだ。
「勇斗!」
幼馴染に向かおうとした瞬間――向こう側、まるで騎士のような容姿の男性と目があった。
【
「姫様っ!」
命令に背いて駆ける。セレナが青白く光り輝く瞬間を見てしまった。強大な魔力が暴走したのだ。そもそも異世界人がこちらと接触できるはずが――でも、実際セレナはユートと指を触れ合わせた。
世界は繋がったのだ。
世界中の枯れかけた魔力が、収束してうねるのを感じる。
世界樹の巫女姫――セレナに向けて、魔力が迸る。この人は終わりを望んでいたことを知っている。せめてもと、民のことを想っていたのを知っている。それでも、
魔力の波に飛び込んで。
初めて見る顔を見た。気付けば、ラークは円佳と指が触れあって。
魔力の波がうねる。
2つの世界を飲み込んで。
【マネージメントスタッフ】
――エタった物語の再起動を確認しました。
――不正統合の可能性があります。
――アカウントの不正使用の可能性は?
――どちらも、現在休眠中のアカウントです。不正利用は認められませんでした。
――恋愛ジャンルと、異世界ファンタジージャンルですが、拒絶反応、カテゴリーエラーは見られていません。
――
――AIによる監視条項もパスをしました。運営の判断を仰ぎます。
――物語の統合を許可します。メタ・バースでの
――認証。
――作品は「あなたとの真夜中を終わらせないで」に統合し、再起動を開始しました。
【■■■】
「認証」
そう、小さく呟いて笑む。――その感情も、声へ、表情も。真夜中の帳の向こう側に吸い込まれるように、消えていった。
その緞帳の向こう側では、緑豊かな幻想世界と。ビルが立ち並ぶ、恋愛小説の町並みが、歪にリミックスされつつあった。
あなたとの真夜中を終わらせないで 尾岡れき@猫部 @okazakireo
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