第34夜
その空気は重苦しいものだった。濁った水を通して、見るように目の前にあるはずの、いつも校舎は夜の暗闇に紛れるようにどんよりとそこにあった。
つむぐ達は学校の門の前まで来ると、校舎を見つめていた。
「なんか、妙な威圧感だな。なんかこう、入ったら負けみたいな」
「負けてどうするつもりだ」
コルトは横目でつむぐを呆れた様子で見ると、溜息をついた。
「ああ、でも気持ちはわかるかも」
カンリカも何かを感じているのか、その笑みを引きつらせる。
「馬鹿を言ってないで、行くぞ。どのみち向こうはおそらく、こちらにもう感づいている」
「向こうってことは、やっぱり誰かいるわけか。カンリカの見た人影っていうのも、見間違いじゃなかったわけか」
「まあ、私は昔から目だけはいいからね。それに幻惑の類は、私にはあまり効果がないから、人避け程度になら惑わされないよ」
「そうなのか」
つむぐは感心したような顔をすると、その視線を再び校舎へと向けた。
「それじゃ、行くか」
つむぐはそう言うと、校門をよじ登りなかへと向かう。校庭を横切り、校舎の目の前で立ち止まると、暗闇に立つ校舎を見上げた。しかし特にこれといった様子はなく、校舎のなかへと入るにも、意外な程にあっけなかった。
つむぐ達が確認の為に校舎の回りをぐるりと回った時に、窓の一つが施錠されていなかったからだ。無論これが、罠ではないかと考えもしたが、つむぐ達はそこからなかへと侵入した。
校舎のなかは夜の静けさのなか、ひんやりとした空気が漂っていた。静まりかえった廊下に降り立つと、かすかな足音が反響する。
「まるで肝試しだな」
つむぐは苦笑すると、廊下の先を見つめる。
「覚悟を決めろ。いくら喚いたところで、ここには助けなど来ないぞ」
コルトはいつもの調子でいたって冷静な態度のまま、辺りを見回した。
「肝試しか。私はどちらかといえば、試す方の側になっちゃうけど。確かにこういう雰囲気は嫌だよね」
カンリカは冷や汗を拭うと、深呼吸をする。
「やっぱり妖怪とか、幽霊とかもこういうのは嫌なのか」
「嫌っていうか。この場の空気がね、ピリピリするというか。あまり居心地のいい場所とは言えないよ」
つむぐもその言葉に納得するように「ああ、確かに」と頷いて見せる。
そして、先へ行こうかとその一歩を踏み出した時だった。
その足元がまるで柔らかなゴムでも踏みつけたかのように、気持ちの悪い感触が足から伝わったのだ。
「うわっ、なんだ」
つむぐは思わず足元から飛び引くと、床を睨み付けた。
「どうしたの」
カンリカはすぐさま横から顔を覗かせると、視線を床に向ける。
「いや、今何か踏みつけたような気がしたんだけど、おかいしな」
つむぐは床を見つめなら、小首を傾げると「確かに、こう、ぐにゃっとした」そう言って後ろを振り返った。
「あれ、おい」
しかしそこには先程までいたはずの二人の姿がなく、まるで自分だけが最初から一人であったかのように、そこには先の見えない廊下と静けさだけが残されていた。
「コルト、カンリカ……。冗談だろ」
つむぐは辺りを見回しながら、必死に二人の姿を探すが、姿はおろか声さえも聞こえない。つむぐの声が廊下にかすかに木霊すると、やがて聞こえなくなる。
「勘弁しろよ」
つむぐは肩を落とすと、まんまと二人と引き離されたと考えながら、とにかくその場を離れる為に足早に歩き始める。当然のことながら一旦外へ出る為に、窓をいくつか確認したが、まるで溶接したかのようにその窓は動かずガラスはコンクリートのように固い。
一階を端から見て回り、ちょうど時間にして三十分程経った頃だった。つむぐは二階へと続く階段の前で腕組をしながら、その階段の先のことを考えていた。少なくとも出られない以上は、このまま進むにしかないにしろ、カンリカとコルトが気にかかるつむぐはどうするべきか考えていた。
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