第30夜
カンリカに礼を言ってテントを後にすると、つむぐ達は釣りを続ける太一の元へと足を向けていた。
『面倒なことになってきたようだな』
つむぐの鞄のなかに戻ったコルトは呟いた。
『でも、そいつが犯人かどうかはまだわからないし。探している魔法使いにしても、僕かどうかもわからないだろ。面識だけだったら、僕は魔法使いとしては日が浅い、そいつと会ったことなんてないだろ』
『またずいぶんと、能天気な考えだな。君が言ったこととは逆のことだってありえんるんだぞ』
つむぐはその言葉に顔を曇らせると、そのまま黙って歩き続けた。
しばらくすると釣り糸を垂らしながら、呑気に鼻歌を歌っている太一の姿が見える。向こうもつむぐに気が付いた様子で、軽く手を振る。
「よう、ようやく戻って来たか。どこに行ってたんだ、少し心配したぞ」
「心配してた割りには、釣り糸はしっかり垂らしてたんだな」
「そりゃ、そうだろ。釣りをしに来たんだから、それをしないと本末転倒だ」
つむぐは心のなかで、なんか使い方が違うだろと思いながら呆れた顔をする。
「友人と釣りのどっちが大事なんだよ」
「ううん、どっともだな」
太一はそう言って、また釣りに戻る。
「僕の価値は釣りと同等なのか。まあ、いいけど」
つむぐは諦めたように話すと、釣竿を手にして釣りに戻った。
太一と帰路についたのは、夕方頃になってからだった。
早めに帰ろうと言うつむぐに対して「もうちょっと」言う太一はようやく魚がかからないことに納得をしたのか、竿を上げた。
太一は釣竿を肩に担ぎながら、「残念だった」と言いながらつむぐと別れた。
つむぐも太一に別れを告げると、そのまま家路へと着いた。
つむぐが家へと着く頃には、辺りは少し暗くなり始めていたが、家の玄関先に人影があることに気が付くと足早に足を進めた。
「桜ちゃんか、もしてかして待ってたのか」
つむぐは驚くと、申し訳ない顔をする。
「あっ、先輩。お帰りなさい」
つむぐを先輩と呼び。そして太一の妹でもある『古雅 桜』が、にこやかな笑みを浮かべるとつむぐを迎えた。
「ごめんな。来るのは知ってたんだけど、すっかり帰るのが遅くなって」
「いえ、いいんですよ。兄が先輩を連れてどこかへ行くと話してましたから、どうせまた兄が無理を言って、先輩を困らせていたんでしょう」
桜はご迷惑をおかえしますといった様子で、申し訳なさそうな顔をする。
「いや、僕が付き合ったんだから。桜ちゃんが気にすることじゃないよ。それよりも、こんなところで立ち話もなんだし、上がったら」
つむぐはそう言うと、玄関の鍵を開けて桜を招き入れた。
リビングに通して桜を椅子に座らせると、つむぐはお茶を入れ始める。
「コーヒーでいいよな。まあ、それしかないんだけど、ちょっと待っててくれ」
「いえ、すみません」
桜は行儀よく座りながら、コーヒーを淹れるつむぐの姿を眺めている。
「はいよ」
やがてつむぐは手にカップを二つ持ちながら歩くと、その片方を桜の前へと置いた。
「ありがとうございます」
「いやいや、それで何か用事でもあったのか?」
つむぐは桜の向かいに腰かけると、カップに口をつけた。
「はい、親戚の方からジャガイモをたくさん頂いたので、それのお裾分けに」
「本当、それはありがたいよ。でも重かっただろ、言ってくれればそっち取りに行ったのに、悪いことさせちゃったかな」
つむぐは確かに桜が大き目な紙袋をもっていたことに気が付いていたが、抱えるわけでもなく片手で持っていたので中身が重い物だとは気が付かなかった。
「いえ、いいんですよ。私もいい運動になりました」
桜は嫌そうな顔を一つ見せずに、にこやかに返事を返した。
「そうか、それならいいんだけど」
「はい、それに最近は危ないお話も聞きますし、物騒ですから」
「いや、それは男である僕の台詞だから」
つむぐはそう言って窓の外に目をやると、少しずつだが辺りは暗くなり始めていた。つむぐはこんな時間帯に引き止めたのは、逆によくなかったと反省すると桜へと話を続けた。
「とにかくだ、帰りは僕が送るよ。あまり遅くなっても美咲さんが心配するし、なんだか急かすようだけどそれを飲み終えたら帰った方がいい」
「ああ、はい、わかりました」
つむぐの言葉に桜は表情を暗くするが、すぐに笑みを浮かべて素直に頷いた。
桜がコーヒーを飲み終えると、二人は家を出て足早に歩いていた。暗くなってしまう前に、桜を送りどけようと考えていたからだ。
「悪いな、急かして。でも、今さっきも話していたみたいに、本当に物騒だからさ。こんな時間帯に女の子が一人で出歩くもんじゃないよ」
「すみません。ありがとうございます、先輩。わざわざ送って頂いて」
「気にするな」
そう言って歩きながら、三十分程の距離を歩いて桜を家まで送り届けると、つむぐはそそくさと別れを告げて、その場を後にした。
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