第29夜

「つまりつむぐくんは、この町で起きてる殺人事件について情報が欲しいと?」

 つむぐはカンリカにテントのなかへと招かれると、お茶と茶菓子を前に、話を切り出していた。

「ああ、そうだ。何でもいいんだ、知っていることがあれば教えてくれ」

「ああ、そりゃ。私だって物騒なことは嫌いだし、特に人を殺して楽しむような快楽殺人者でもないけど。君がこうして私に声を掛けったってことは、この事件は私達側で説明がつくってことなんだよね」

 カンリカは顔を曇らせると、声が少しずつ小さくなっていく。

「だろうな。何度か事件のあった場所に足を向けたが、かすかに影の匂いが残っていた」

 コルトはカンリカの言葉に続けるように、言葉を挟んだ。

「そういうことだ。それに、あれは人の死に方じゃなかった……」

 つむぐは現場の状況を思い出し、苛立ちを見せる。

 カンリカもつむぐのその言葉を理解しているのか、視線を逸らせた。

「つむぐ、君の友人が向こう側でまだ呑気に釣り糸を垂らしているんだろ。だったら、さっさと切り上げないと奴がこちらに探しにくるぞ」

 つむぐはコルトの言葉に太一のことをすっかりと忘れかけていたのか「あっ」と声を上げると、面倒臭そうに溜息をついた。

「とにかくだ、カンリカ。何でもいいだ、何か知らないか」

 つむぐはカンリカに詰め寄ると、顔を近づけた。

 カンリカはそれに合わせて、体を後ろに反らすと、声を唸らせながら考える素振りを見せ始める。

「ええっと、そうだね。私の知る限りでは、少なくともこの町にはそんな大胆な行動を起こすような奴はいないよ」

「そうか……」

 つむぐの声が低くなる。

「カンリカとか言ったか。おまえはいったいいつからこの町にいるんだ?」

 コルトは少し落ち込んだ様子のつむぐを横目に喋りだした。

「えっと、そうだね。ここ最近になってこの町に来て、三か月ってところかな。それまでも色々なところを転々としてたけど」

「つまり、この町におまえが来た時点では、馬鹿正直に人間を襲うような奴はいなかったということか」

「少なくとも、私は知らない。それにそんな奴がいたら、面倒事に巻き込まれる前にすぐに次の町に行ってるよ。まあ、この前つむぐくんに見つかった時点でそうしようかとも考えたんだけどね」

 そう言って、カンリカはつむぐへと視線を移した。

「えっ、そうなの。じゃあなんで、まだここにいるんだ」

「まあ、なんとなくだよ。魔法使いは確かに嫌いだし、できれば見つかりたくないっていうのは変わらないけど」

 つむぐはそれに「ああ」と答えると、何とも言えないような困った顔をしている。

「じゃあ今回の事件を起こしている奴は、この町の外からやって来たっていうことになるのか?」

「まあ、これの話を信じるのならそうなるな。しかし、何かしらの目的にしろ、儀式的な何かにしろ、少々雑過ぎる。儀式にしてはあからさまに行動を起こしいるし、目的があるにしてもその行動にどんな意味があるのかがわからん」

 コルトはその言葉に「それとも、そんな知性などがそもそもないか」と付け足した。

「知性がないって、カンリカ達のような影っていうのは、みんな喋れるもんじゃないのか?」

「仲間同士の意思疎通や、こいつのように人間と話せる者もいるが、ただ本能だけで動き回る連中もいる。しかし奴らは、大抵騒ぎを起こすようなことはしない。本能とは言っても理性がきいていないわけではないからな。だが今事件を起こしいる奴は違う、わかりやすく痕跡を残し、騒ぎを起こし、その行動自体が異常だ」

「まあ、私達が人間を襲った場合って、ほとんどが痕跡を残さないようにするからね」

 カンリカはコルトの言葉に続くように話すと、そのまま顔を上に向けた。

 つむぐはその言葉の意味を理解すると、苦い顔をする。

「そりゃ、何ともな。詰まる所、頭のおかしい奴が好き勝手暴れて、本能の赴くままにやりたい放題やってるわけか」

「そうとも言えん。その真逆に力に自信があり、目的のために手段を選ばずに行動を起こしているということも、ないとは言えない」

 コルトはそう言うと、横目でつむぐを見つめる。

「じゃあ、結局のところはわからないってことか。なあカンリカ、他には何かないのか?」

 つむぐは残念そうに肩を落とすと、カンリカに再び声を掛けた。カンリカは顎に指を当てると、考える素振りを見せる。

「そうだね。そういえば、そいつが犯人かはわからないけど、外から来た奴ついての噂なら聞いたことがあるよ」

 カンリカは小耳にはさんだ程度で、つむぐ達の話を聞いてようやく思い出したという感じだ。

「本当か、聞かせてくれ」

 つむぐはその言葉に反応すると、身を乗り出した。

「ああ、うん。私が直接見たわけじゃないから、確かな話かどうかはわからないけど、噂話をしているのを聞いただけで」

「それでもいい」

 つむぐは真剣な顔をすると、カンリカを見つめる。カンリカは顔を少し赤くさせると、身を乗り出したつむぐを押し戻した。

「わかったよ。その男っていうのは、とにかく怪しい奴だったらしいよ。格好や姿は人間と同じで、でも雨も降ってないのに丈の長い黒いレインコートを羽織ってたって。それと黒いなんていうだっけカウボーイハット、それを被って、ひどく臭かったって話してた」

「黒いレインコートか。またずいぶんとあからさまに怪しい風貌だな。というか、おまえ達って雨を気にするものなのか?」

「私は好きだけど、なかには嫌いな奴もいるよ。人間と同じで、濡れるのが嫌だっていう連中もいるよ」

 つむぐは、そうかといった様子で納得すると、話を続けた。

「それで匂いって、どんな匂いだったとかは話してなかったのか」

「さあ、そこまでは話してなかったけど。でも悪臭なのは確かじゃないのかな。すごく嫌そうな顔をしながら話してたし、それと……」

 そこまで話して、カンリカは口を閉じて顔を俯かせた。

「それと?」

 つむぐはカンリカの様子に、不思議そうな顔をしながら話す。

「それと、あいつは、あの魔法使いはどこにいるって言ってたらしいよ……」

 俯かせた顔を上げると、少し申し訳なさそうな顔をしたカンリカは、つむぐに静かにそう告げた。

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