第28夜
「いや、本当にさっきは悪かった」
服を着た少女を目の前に、つむぐは頭を下げた。
「ああ、いえ。私は特に気にはしていないので、お気になさらず」
「そういうわけにも、ほら怒鳴るとか、ひっぱたくとかなんかあるだろ」
「いえ、本当にいいですから。それに、魔法使いに手を出す勇気なんて私にはありませんから」
つむぐは、その言葉に一瞬口を開けて何かを考えると、すぐに頭を横に振った。
「いや、いやいや。あれだから、僕は君のことをどうこうするとか、まったく考えてないから。ちょっとだけ聞きたいことがあるだけで」
つむぐは必至に弁解しながら、あたふたとぎこちない動きを見せる。
「女の裸を見ただけで、少しばかり狼狽え過ぎだ。ちょっとは落ち着け、いちいち裸を見るたびにそんなことでは、殺されても仕方がないぞ」
「いや、まあ、それもそうだけど。僕だって健全な高校生なんだぞ、普通の高校生なら、女子の裸を見たら普通は落ち着いてなんかいられない」
つむぐは何故かそこで落ち着きを取り戻すと、冷静にコルトに語りかける。
「ああ、君が変態なのはよくわったよ」
コルトは呆れた顔をすると、冷たく言い放った。
つむぐはコルトに返す言葉を喉元で飲み込むと、そのまま静かに項垂れた。
「あの?」
そんな二人の言い合いに、離れて立っていた少女はタイミングを見計らって声を掛けた。
「ああ、悪い。とにかくさっきは悪かった、これで最後だ」
「いいですよ、本当に私は気にしていないんですから」
「まあ、魔法使いと出会い、まだ命があるのだからましな方だぞ」
コルトは二人のやりとりに苛立たしく喋ると、少女を一瞥した。
少女はコルトの視線に体を硬直させると、途端に涙目になる。
「あの、ごめんさない。殺さないでください、私は人とかを殺したりはしてないんです。ただ、旅が好きで色々な所を転々としているだけで、それだけなんです」
少女はそのまま固く目を閉じると、そのままじっとしている。
「ああ、いや。本当にそうされると、なんだかこっちが悪者みたいでなんなんだけど。とにかく、僕は君を殺す気なんか毛頭にないから、安心してくれ」
つむぐは困った顔をしながら、ぎこちない笑顔を作る。それでも言ってることは本心なので、他に言いようがない。
「本当ですか?」
「ああ、本当だ。約束する」
つむぐは少女をこれ以上混乱させないように、気を使いながら優しく話し掛けた。
「そうですか、そっか! 何だ、その気はないんだ。安心したよ」
つむぐの態度とその言葉で、何かしらの確証を得たのか。今まで涙目を浮かべて気弱そうに喋っていた少女は礼儀正しそうな態度を崩すとゆるい笑みを浮かべた。
つむぐは一瞬、目の前の少女の行動に目を丸くして唖然とする。
「うわっ。露骨に態度が変わるもんだな」
つむぐは特に失礼とも感じることもなく、心に思ったことをそのまま口に出した。その隣ではコルトが「アホ」と呟いている。
「あははっ、ごめんごめん。ほら君からしたら私って、ほぼ一方的にやられる側のものだし、ちょっとだけ猫被ってれば生かしてもらえるかな、なんて」
少女はそう言って笑いながら、子供が悪戯をやってのけたような無垢な笑みを浮かべる。
「ああ、そうか。えっと、とりあえずは、余裕があるようでいいんじゃないか」
つむぐはどう言葉を返していいのか、少し戸惑いながら言葉を返した。
「いや、最初はもう駄目かと思ったよ。だって、ほら君たちのような奴らに会うと、私達の場合はだいたいが厄介事になるか消されるかでしょ?」
「いや、僕は経験ないけど」
つむぐはそのまま答えると、その脇をコルトがつついた。
「ああ、なるほどね。それはそれとして、ほらお互いに誤解的なものは解けたみたいだし、そこらへんから話し合ってみたいな、なんて」
つむぐは引きつった顔で多少言動をおかしくしながら、なんとか言葉を絞り出した。
すると、目の前の少女は不思議そうに小首を傾げた。
「君っておかしな子だね。私と話をするのはいいけど、特に話せることはそんなにない
よ」
「いや、それはいいよ。僕が聞きたいことは、そんなに多くないし。あっ、そうだ。自己紹介がまだだった。僕の名前は東雲つむぐ、こっちがコルトだ」
コルトそれに無表情のままで視線を送り、つむぐは律儀にお辞儀をすると「よろしくお願いします」と、恥ずかしげもなく言葉を続けた。
「へっ、あ、いや。こちらこそ、よろしく」
少女は一瞬目を丸くすると、珍しいものでも見るかのような顔のまま返事をした。
「ああ、そうだ名前言ってなかった。私の名前は(カンリカ)だよ」
カンリカはそう言い終えると、ゆっくりと手を差し出した。その顔に若干だが、不安そうな表情が見え隠れしている。
「ああ、うん。とりあえず、よろしくなカンリカ」
つむぐはそれを感じ取ったのか、自然と笑みを浮かべると優しくカンリカの手を取った。カンリカはしばらく黙ったまま、握手しているつむぐと自身の手を見つめると「よろしく」と、笑みを返した。
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