第27夜

 つむぐがそれに気が付いたのは、太一と釣り糸垂らし始めてから、ずいぶんと時間が経った後のことだった。

 ただ漠然と釣り糸の先を見つめることに、疲れたつむぐは、一旦視線を釣り糸から外すと首を回しながら、辺りを見つめていた。

 すると、その視界の隅に見覚えのある、あるものが映ったのだ。

「あっ」

「ん、当たりがあったのか?」

 つむぐが思い出すように声を出すと、その声に太一が反応した。

 つむぐは咄嗟に、竿を上げると釣り糸を手にする。

「いや、気のせいだった」

「何だ……」

 太一はつむぐのその結果に興味を無くしたのか、視線を自身の竿に戻した。

『おい、コルト。聞こえるか?』

 つむぐは少し慌てた様子で、コルトに心のなかで話しかけた。

『んっ、何だ』

 姿を見せずにつむぐの鞄のなかに納まっているコルトは、すぐに返事を返した。

『いや、今になって思い出したことがあってさ』

『思い出したとは、何をだ』

『いやさ、前に少し話しただろ。僕がこの土手で見たもののこと』

 コルトはしばらく、考えているのか。遅れて返事をした。

『ああ、影のことか。それがどうかしたのか』

『いやさ、僕が前に見た子がいたテントが、そのまま向こう側にまだあるんだよ』

 つむぐは視線を向こう側の橋の下に向けると、以前につむぐが遭遇した女のテントがそのまま残っていた。

『会うつもりか?』

『ああ、もし話ができるのなら、何か情報を持っているかもしれないだろ』

 コルトはつむぐのその行動が安易に感じたためか、その言葉に少し間を置いて答えた。

『天敵でもある魔法使いに、そうそう簡単に心を許すとは思えんがな』

 つむぐはその言葉に苦笑いをすると、前に人殺しと言われて逃げだされたことを思い出していた。

『ああ、誠意をもって接すれば、まあなんとか……』

『誠意が伝わる前に、怯えさせるか、敵意をむき出しにされるかのどちらかだな』

 つむぐ困った様子で、溜息をつくと『そりゃ、そうなる可能性もあるけど』と呟いた。

 しかしそれでも、諦めはつかない。

 しばらくすると、つむぐは少し散歩してくるというと、少し強引にその場を離れていた。後ろで、不思議そうな顔をする太一が何かを言っているが、やがて諦めたのか再び釣りに意識を戻していた。

 つむぐといえば、眉間に皺を寄せながら歩くと、どうするかを考えていた。やがて向こう側へと続く橋へとたどり着くと、コルトがつむぐの横に静かに現れた。

「そんなに眉間に皺を寄せていても、逆効果になるだけだぞ」

 コルトはまだやる気なのかといった表情を浮かべながら、自身のおでこを指でさした。

「やらない失敗より、やった失敗の方が納得いくだろ」

 コルトに言われると、つむぐは眉間の皺を伸ばすように指で擦った。

「今回に関してなら、不利益が高い割には、見返りの少ない方法だな。なんだったら、捕まえてから拷問にかけるという選択もあるが。どうだ、やってみるか?」

 コルトは不敵にわざとらしく笑みを浮かべると、つむぐの顔を下から覗き込んだ。

「冗談」

 つむぐはそれに一笑すると、たじろぎながら顔を逸らせた。

「なるほど、ならその誠意というやつを見せてもらうとするか」

「ああ、そうするよ……」

 二人は橋の欄干のたもとへと降りると、隠れるようにして日陰に設置されたテントへと近づいた。

「誰もいないのか?」

 つむぐは何の気配もないテントを見つめながら、確かめるように呟いた。

「いや、いるぞ。テントのなかだ」

 その言葉にコルトは続けるように喋ると、テントを指さした。

「そうなのか」

「そこまで緊張する必要もないだろうに、どうせ見つかっても相手の力量はさほどに大したことはなさそうだぞ」

 コルトは何かしらの気配を感じているのか、落ち着いた様子でテントを見つめている。

 つむぐはテントの前まで来ると、立ち止まり、そのままゆっくりとテントの入り口に手を伸ばした。そしてその端を掴むと、勢いよく開け放った。

「へっ?」

 次の瞬間、つむぐの目に映りこんだものは、呆けたような顔をしながら声を出した。

「あっ、悪い」

 つむぐは瞬間的にそう思ったのか、頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出すと、こちらも呆けた顔をしながら目の前にいる少女と目を合わせていた。それも当然のようなもので、目の前の少女はタオル一枚で体を隠し、どうしていいかわからないといった顔でつむぐを見つめ返しいる。

 やがて、その顔が何かを思い出しように一瞬目を見開くと、少女は怯えたように声を絞り出した。

「あの、ごめんなさい。私は、本当に何もしてないんです、だから……」

「いや、僕の方こそすまなかった。いや、本当に悪い、とにかくあれだあれ」

 慌てて何かを言おうとするつむぐだが、なかなか言葉が出ない。そんなつむぐをコルトは冷めた目で見ながら、溜息をついた。

「とにかく服を着ろ。それとつむぐは、さっさと外に出ろ」

「ああ、なるほど。そうだな、それがいい」

 つむぐは胸の前で手を鳴らすと、そそくさと外に逃げるように飛び出した。

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