第25夜

 事件が起きてから数日、このことは町の住民を恐怖に陥れるだけではなく、まるで浸食するかのように町から活気を奪っていた。犯人の犯行はその数を増やしていき、殺人事件は狂気の連続殺人事件へと変貌をとげていた。被害者は無差別、その犯行は残虐としか言いようがなく。何より、警察の捜査に進展がないことが住民の不安を掻き立てていた。

 つむぐは魔法使いの訓練を続けながら、事件の捜査を独自に行っていた。

「犯人が影として、いったいどんな奴だと思う」

 つむぐが部屋の椅子に腰かけながら、ベッドに座るコルトに話しかけた。

「さあな、まだ何とも言えないが、見つかる死体はどれも一部分だけでその惨状たるや辺り一面が血の一色ということしかわかっていない。しかし憶測で言うなら、襲われた人間は、どれも喰われている」

「じゃあ、鬼とか。そういった類の奴ってことか」

「鬼以外にも人間を餌している奴らは大勢いるさ。ただ、私が最初につむぐと訪れたあの場所で気が付いたが、草木と血の匂いに混じって闇の匂いがしていた」

 コルトは顎に手を当てて、組んだ膝で頬杖をつくと何か考えこんでいる。

「前にも言ってたけど、それってどんな匂いなんだ。僕はまったく気が付かなかったぞ」

「気配のようなものだ、いずれ君にもわかる。ただ、君はあの時は混乱していたからな」

 つむぐは恥ずかしそうに視線を外した。

「また現場に行って調べてみるのもありか。手がかりがないと、この先に進みようがない」

「まあ、あれから引き返そうにも邪魔をされたからな。だから犬は嫌いなんだ。気配をいくら消してたしても、あいつらは鼻をひくつかせてやってくる」

 コルトは不快な顔をすると、思い出したのか目を細めて怒りを見せる。

「警察犬だよ。仕方がないだろ、そういうふうに訓練をされているんだから。犬にしてみればそこにいるはずのものが見えずに動き回っているんだから、そりゃ吠えもするさ」

「まあ、いい。とにかくだ、最初の現場に行くのなら支度をしろ」

「ああ、了解だ」

 つむぐはそう言って頷くと、椅子から立ち上がった。

 そして支度をしようかと思った矢先に、家のなかに訪問者を知らせるためのチャイムの音が鳴ると、そのまま外から聞きなれた声で「おい、いるか」と呼びかけられた。

「こんな時に……。悪いコルト、ひとまず隠れてくれ」

 つむぐは少し焦りながらコルトにそう言うと、玄関がへと向かう。

「君は、いきなり隠れろって。あっ、おい」

 その後ろでコルトがつむぐに何か叫ぶが、それは次第に遠のいていく。

 つむぐは玄関口の前まで来ると、ずいぶんと久しぶりに友人と会うような感覚で、その扉をゆっくりと開けた。

「よお、つむぐ!」

 太一は片手を上げてつむぐに挨拶をすると、笑って見せた。相変わらずにひょろりとした体形で、長髪を後ろで束ねた気の抜けるような雰囲気につむぐはどこか安心すると、挨拶を返した。

「久しぶり」

「久しぶりって程に日は経ってないだろ。まあここんとこ物騒な話ばかりだからな」

「ああ、まあな。夏休みに入ってからは色々あったよ」

「まあ、その色々と物騒な話が多いから、少し気になって様子を見に来たわけだ」

 太一は他の町の住人とは違って平和そうな顔を浮かべながら、のほほんとしている。

「おまえは平和そうだな。まあ立ち話もなんだし入れよ」

「おう!」

 つむぐは太一を家のなかへと招くと、リビングへと通した。適当に腰かけるように言うと、太一はそれを断り「先に久しぶりだし、線香をあげさせてくれ」とつむぐに了承を得ると仏間へと向かった。

 やがて仏間の方から鈴を叩くと音と線香の香りがかすかにすると、太一はリビングへと戻ってきた。

「じいさんが心配してたぞ。最近物騒だが、つむぐは大丈夫かって」

「そうか、悪いな。一度ちゃんと顔を出しに行くよ、英明さんにはじっちゃんが死んでからは、色々と世話になってるからな」

「じゃあ、じいさんにはそう伝えておくよ。ああ、あとで妹も来るとか言ってたぞ」

 太一はそれを面白そうに言うと、にやにやと笑みを浮かべる。

「いやいや、物騒な話が出回ってからというものの、桜の奴おまえの心配ばかりしてさ」

 つむぐはその言葉に曖昧な顔をすると、溜息をついた。

「おまえは、実の妹だろ。ちょっとは心配しろよ」

「つむぐなら心配する必要がないからな。俺は面白おかしく見守らせてもらうよ」

 太一はそう言って楽しげに笑みを浮かべると「来る頃には帰るから」と実の兄らしからぬ言葉を言うと笑い始めた。

「桜の心労が目に浮かぶよ」

 つむぐはそう呟くと、横目で太一を呆れ気味に見つめた。

「まあ、この話はここまでとして。どっかに遊びに行かないか」

「おまえは、この物騒な状況のなかでよくそんなことが言えるな。それに桜ちゃんが後で寄るんだろ。外出するわけにはいかないよ」

 つむぐは更に呆れると、疲れた様子で太一と話す。

「桜が来る頃には戻ってくればいいだろ。それにこんな状況だからこそだよ。みんな外に出ようとしないし、今だからこそ映画とか行ってみな。夏休みだっていうのに冷房が効いたなか新作の上映作品も混まずに見られるぞ」

「命の危険があるなかに、わざわざ映画を見に行こうなんて酔狂な奴はいない」

「わかったよ、じゃあ釣りに付き合え。近場なんだからこれならいいだろ」

 太一は暇でしょうがないといった顔をしながら、両手を顔の前で合わせてつむぐに頼みこんだ。

 つむぐはそんな太一の姿に深く溜息をついて「わかったよ」と心を折ると、一度家に帰って支度をして来いと、太一を一旦家へと帰らせた。

 つむぐは部屋へと戻ると、コルトはベッドの上で寝転んで本を読みながら入ってきたつむぐへと声を掛けた。

「隠れる必要もなかったな」

 つむぐは先程のように椅子に腰かけると、ベッドに寝転んだコルトを見る。

「ああ、悪い。てっきり太一の奴が部屋にも上がるんじゃないかと思ってさ」

「そんなに私と暮らしていることが、他の奴に知られるとまずいものなのか。いちいち君に客が来るたびに慌てるのは、正直面倒臭いんだが」

「知られた後の方が、面倒臭いに決まってるだろうが。どう言い訳をするつもりだよ」

「道を歩いていたところに声をかけられ、かどわかされた、とでも言うか」

 コルトは冗談を言うと、くすりと笑った。

「おまえは僕を犯罪者にしたいのか。まあ、何か考えないといけないな」

 つむぐは顎に手を当てると、首を捻る。

「それはそうと、いったいはあいつ、太一と言ったか。いったい何の用事だったんだ」

「んっ、ああ。最近物騒だから様子を見に来てくれたんだよ。それと釣りに行こうってお誘いだ」

「うんっ? それは良い奴になるのか、それとも馬鹿なのか」

「どちらかと言えば、その中間辺りでうろうろしてる」

「それで、その誘いとやらには、何と答えたんだ」

 つむぐのその問いに気まずい顔をすると「その、行くって」と、小さな声で答えた。

 その答えに、コルトは横目でつむぐを睨んだ。

「そう睨むなよ。今のこの状況に時間の余裕がないのはわかってるけど、あいつ一人を放っておくとどこへ行くかわからないし。一度付き合えば、しばらくは大人しくなるから」

 つむぐは申し訳なく思いながらも、太一を放っておけば必ず面倒なことになると長年の付き合いから理解していた。

「わかった。しかしだ、時間に余裕はないぞ」

「ああ、もちろんだ。そこはちゃんと理解してるよ」

 つむぐはそう言ってから、深く溜息をついた。

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