第23夜

 つむぐはさすがに警察官がうろついているなか、コルトを元のままで持ち歩くわけにはいかず、つむぐは前々から考えていたことをコルトへと話した。それはコルトが人間の姿をしている時の着衣が、どう見てもコスプレをしているとしか見えないのだ。これから行く場所ではあまり目立つわけにはいかない。つむぐはそのことをコルトへと告げると、彼女は特に何を言うわけでもなく、快く承諾した。

「しかしまた、何で浴衣なんかを選ぶかな」

 つむぐは横に歩くコルトを見ながら、目頭を押さえた。

「君の持っていた雑誌だったか、こんな感じの物が載っていたんだ。あとは、それを元にして私の服を構成すればいい」

 コルトは白地に桔梗の花が淡く描かれた浴衣を着ながら、細部を確かめている。元が整った顔立ちに腰まである長い銀の髪のためか、これでは余計に人目を引く。

 つむぐは咳払いをすると、話を続けた。

「魔法って便利なんだな。しかしそれは、かなり目立つぞ」

「かまわんさ。べつに魔法使いがここにいると看板を背負っているわけでもない、それに君も悪い気はしないだろう」

 コルトは流し目でつむぐを見ると、からかうように笑みをつくる。

「うるさい。それよりも、早く行くぞ」

 つむぐは足早に歩くと、道の先の角を曲がった。そして角を曲がって道の先へと行くと、そこから公園の入口が見える。

「やっぱりいるよな」

 つむぐは壁に隠れると、辺りを窺いながら公園の入り口を確認した。その視線の先には数人の警察官の姿があり、人が入れないように注意を払っている。

「どうやら誰もいれないようしているようだな」

 その後ろからコルトが顔を出すと、同じように公園の入り口を見る。

「公園を閉鎖か。まあ、当然だよな」

「だが、入る方法はある」

 つむぐとコルトは目を合わせると、人の目から死角となる場所へ移動した。

 コルトは拳銃の姿になると、つむぐの手の中に納まり、それと同時につむぐの姿は魔法使いのそれになる。

「それじゃ、行くか」

 つむぐの言葉にコルトが「おお」と声を返すと、つむぐは公園の入り口へと向けて、ゆっくりと足を進めた。入り口付近の警察官の前まで近づくが、誰もがつむぐの姿には気が付いてはいない。

『手なんか振ってないで、さっと先に行け』

 面白そうに警察官の顔の前で手を振るつむぐをコルトが急かす。

「ああ、悪い」

 つむぐはすぐさまにその場から離れると、公園の奥へと足早に歩いた。しかし入り口から少しいった先でつむぐは立ち止まった。

「なあ、コルト。現場ってどこだ」

『知らん。がっ、血の匂いがするな。それに,これは……』

「どうしたんだ。何か、問題でもあるのか」

『いや、何でもない。血の匂いを辿ってみろ、おそらくそこが目的地だ』

「血の匂いって、どうやって」

 つむぐのその言葉にコルトは『集中してみろ』とだけ話した。それにつむぐは目を瞑り、意識を集中してゆっくりと呼吸を繰り返してみた。すると、かすかだが木々や草といった緑の匂いと水の匂いに混じって、何か別のこもった鉄の匂いをつむぐは感じた。

「これか」

 つむぐはそう呟くと、そのままその匂いの方向へと大きく飛び上がると、木々の枝から枝へと飛び移っていく。

 やがてちらほらと見えていた警察官の姿が、その匂いの場所へと近づくにつれて多くなることに気が付くと、つむぐは下へと降りて徒歩で歩き出した。

「ここらへんのはずなんだけど」

 つむぐは辺りを見回しながら、スーツ姿の男達を発見すると「あれって、刑事か」と言うと後へと続いた。

 スーツ姿の男達はしばらく歩くと道を外れ、鬱蒼とする木々のなかへと進んで行く。しばらく歩くと、やがて黄色いテープが辺り一帯に張られた場所が見えてくる。

「あそこか」

 つむぐは場所を確認すると、一旦離れて木の後ろに隠れながら様子を見ていた。

 そして刑事達が離れていくのを確認すると、現場へと向かった。しかしテープを潜り抜けた所で、つむぐはその光景に唖然として立ち止まった。

「何だよ、これ……」

 つむぐの目の前には赤一色の世界が広がっていた。そこにあるはずの木々も草も、まるで赤いペンキを塗りたくったかのように全てが染められている。まるでそこら一帯の時間だけが止められているかのような錯覚をつむぐは感じていた。別空間に迷い込んだともでもいうのか、意識を集中することもなく鼻腔をくすぐる充満した血の匂いは湿気を含んだように重く肺に入っては気分を悪くさせる。

『つむぐ、落ち着け。おい!』

 耳元ではコルトの声が必至つむぐを落ちかつかせようとするが、その声はつむぐには届いてはいない。

 次の瞬間、つむぐは口元を押さえると、その場から逃げるように走り出していた。

 吐き気を抑え、喉元まできたそれをなんとか飲み込むと、つむぐは現場から距離を置いたベンチに腰掛けた。呼吸は荒く、何かで頭を殴られたかのように思考をうまくすることができない。揺れるような景色を眺めながら自分を落ち着かせようと必死になっていた。

そしてしばらくすると、コルトが心配した様子で声を掛けた。。

『つむぐ、少しは落ち着いたか』

「ああ、本当に少しだけな。でも当分忘れられそうにない、あんな」

 つむぐは、そこで口を閉じると顔を俯かせた。

「どうやったらあんなことになる。いったい誰が……」

『とにかく一旦ここを離れた方がいい、話はその後にしよう』

 コルトは優しく言うと、つむぐは「ああ」とだけ答えた。そしてつむぐは重い体を動かすと、公園を後にした。

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