第21夜
つむぐとコルトが帰路ついたのは夕暮れ時だった。
雲や空はもちろん、普段見慣れたはずの街並みも紅く染まり、どこか時間が曖昧でゆっくりと流れているかのような錯覚を起こす。
「何をするかと思えば、ただの筋トレをするとは思わなかったよ」
つむぐは体中のあちこちに痛みを感じながら、ひどく疲れた様子でよろけながらゆっくりと歩いている。
「当たり前だ。つむぐは魔法使い以前に、基礎体力といった能力そのものが足りていない。いくら私が上乗せしたとしても、元が悪くてはまるで意味がない」
コルトはつむぐの横を歩きながら淡々と言葉を返した。
「面目ない」
つむぐは自身の体力不足は前から充分に自覚はしていたが、体の軋みと痛みを感じながら改めて自覚をしていた。
「明日は絶対に筋肉痛だ。間違いない」
「我慢しろ。その分力はつく」
情けないといった顔をすると、コルトは肩を落とした。
「なあ、これ明日もするのか?」
「しない理由があるのか」
コルトはつむぐへと冷ややかな視線を送ると、じっと見つめる。
「わかった、やるよ。だからそんな目で人を見るな」
つむぐはその視線に耐えかねて観念すると、溜息交じりに言葉を返した。
そんなつむぐにコルトはふと笑みをつくる。
「そんな顔をするな、私だって鬼ではない。明日は軽く体を動かす程度にしてやる。しかし真面目な話、つむぐは今以上に体を鍛えなければ、魔法使いとしては致命的になるぞ」
「以外に、魔法使いって体育会系なんだな。てっきりもっと呪文とか精神力とかそういったものが必要だと思ってたよ」
「もちろんだ。それもいずれはやってもらう」
その疑問にコルトは、間髪入れずに答える。
「ああ、なるほど……」
つむぐはその言葉に頬をひきつらせると、肩を落とす。
そしてしばらく二人で並んで歩くと、二人は川沿いの土手へと差し掛かった。
「そういえば、ここらへんだったよな」
つむぐは辺りを見ると、夕日に紅く染まった流れる川を見つめた。
「何がだ?」
「いやさ、ここらへんで変なものを見たことがあってさ」
「変なもの。それはいったどんなものだ」
川沿いの景色を眺めていたコルトが、興味ありげに言葉を返した。
「まずこれは一瞬だったんだけど、頭に角みたいものが生えた奴に、腕に鱗がついてた女の子に会った」
「ああ、それはただの影だ」
「影……。それって日陰にできるやつだろ」
「それとは、また別だ。私の言った影とは、人間にわかりやすく言えば妖怪や幽霊といった怪奇の類だ」
つむぐは納得して「ああ、まあ言いたことはわかる」と、頷いて言葉を返した。
「影は、向こう側の住人だ。こちら側の世界に良い意味でも、そして悪い意味でも影響を与える。ちなみにつむぐがそれらを認識できるようになったのは、おそらく私との接触が原因だろう。契約した以上は、これからも影を見ることになるだろう」
「影か。何でだろうな、妙に驚きもしなくなってるよ」
つむぐはどこか顔を曇らせると、寂しげに呟いた。
「それがいい。いちいち狩る獲物を前にして恐怖をしていては、仕事ができん」
つむぐは歩く足を止めて立ち止まると、驚いた様子でコルトへと顔を向けた。
「ちょっと待った。狩るって、それって殺すってことか」
「違う、向こう側に戻すだけだ。まあ、消すという意味では同じかもしれんが」
つむぐはそれを聞くと溜息をついて、またゆっくりと歩き始める。
「聞いてなかったよ。そんなことは最初に話してくれ」
「それは悪かったが、言っただろ魔法使いには危険もある。魔法使いになる以上は、果たさなければならない義務もある」
「そりゃ、多少は覚悟はしてだけど。あまり気はすすまない」
つむぐはどうにも納得のいかない顔をしながら、足元を見る。
「一方的っていうのは、僕はあまり好きじゃない。それじゃ、まるで悪者だ」
「魔法使いは善人である必要はない。正義の味方になりたければ、役者にでもなればいい」
「善人や正義の味方はともかくとして、正しくあろうとすることはいいことだろう」
コルトは、つむぐの言葉に顔を曇らせると、顔を俯かせた。
「何を正しくに置くかで善悪は二転三転もする。本当に正しくあろうと思うのなら、自分が何をできるのか、何をしたいのかをよく考えるべきだな」
コルトはそこに少し間を置くと、徐に口を開いた。
「でなければ、取り返しのつかないことになるか。結果は……」
つむぐはコルトのその言葉に何も返すことはしなかった。しかしやはりよく理解ができないのか、それとも納得ができないのか。夕暮れの紅く染まった道を歩きながら、ただ黙ってその先を遠目に見つめていた。
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