第20夜

 銃身へと落ちた血は、まるで唐草模様に沿うように流れると、それが全体に広がっていく。やがてそれが拳銃全体に広がりきると、唐草模様に沿って光の線が走り、それと同時につむぐは自身の心臓の鼓動とコルトの鼓動が頭のなかで響き始める。その鼓動は次第に大きくなると、つむぐは片手で頭を押さえながらよろけた。

 そしてやがて頭痛がする程に鳴り響く鼓動の音を聞きながら、つむぐはその音が徐々に重なり合っていくことに気が付いた。それはゆっくりとリズムを合わせると、それと同調するように手に持った拳銃全体に走る唐草模様の光が増していく。やがそてれは目を開けていられない程のものとなり、最後に一度合わさったことを知らせるかのように心臓の鼓動が大きく高鳴った。つむぐは激しい胸の痛みを感じながら膝をついてそのまま前のめりに倒れ込む。

「ぐっ、かは」

 つむぐは胸を押さえながら、何度か咳き込み、乱れた呼吸を整えながらゆっくりと息をした。辺りは静かなもので、少し霞んで見えるものの、頭には先程まで鳴り響いていた鼓動の音も胸の激しい痛みもない。

『気分はどうだ』

 しばらくして先に声をかけたのは、コルトだった。つむぐが落ち着くのを待って、心配した声で言葉を掛ける。

「あっ、ああ。大丈夫だ、問題ない。それよりこんなふうになるのなら、先に言ってくれよ」

 つむぐはまだ少し息を乱しながら、体を仰向け寝転んだ。澄んだ青空を見上げながら、自分の心臓の鼓動の音を聞きながら自身が生きていることを確認する。

「死ぬかと思った……」

『そうだな。つむぐがもし私とのリンクに失敗して命を落とすようなことが起こっていたのなら、ここら一帯は跡形もなく消し飛んでいただろうな』

 コルトさらりととんでもないことを告げると『いや、よかったよかった』と呟く。

「おい、今のってそんなに危険なことだったのか」

『しかしいつかはしなければならないのだから、結果は変わらないだろうに』

「先に言ってくれ。間違って辺り一帯を吹き飛ばしちゃいましたなんて、洒落にもならない」

 つむぐは大きく息を吐き出すと、体の力を抜いた。

『まあ、何はともあれ私とリンクすることには成功した。これでもう君も魔法使いの仲間入りだ。さて、ここからはもう時間がないぞ』

「時間がないって?」

『魔法使いにはそれなりの危険も伴う。その危険を回避するためにも、つむぐには少しでも早く魔法使いとして一人前になってもらう必要がある』

「危険ね。まあ、いいよ」

 つむぐは疲れた顔をしながら、心のなかでどうにでもなれと思いながら、先のことを後回しにした。

『さて、いつまでも寝転んでいないで、回復したのなら起き上がれ』

「ああ、了解」

 つむぐは片膝をついて立ち上がった。

「それで、お次は何があるんだ」

『その前に、少し自分のことを確認してみろ』

「うん?」

 つむぐは小首を傾げると、自分の体を触り始めた。

「おおっ、何か服装がそれっぽい感じになってる」

 つむぐは自身の服装を改めて確認した。基本的なジーパンにシャツといったところには変化がないものの、その上に真黒な厚地のトレンチコートのようなものを羽織、脇には拳銃を収める為の革製のホルスターに、頭にはトレンチコートと同様に真黒なハンチング帽を被っている。

「でも、これってどう見ても……。何かかっこいいと思うような妄想を、とりあえずやってみました、みたいな」

 つむぐは顔を赤らめると、辺りに人がいないことを改めて確認した。

『安心しろ。例えどんなに恥ずかしい格好だろうが、全裸になろうが、そのコートと帽子を被っている限りは人には見えん』

 コルトは溜息をつくと、呆れた声でそう話した。

「えっ、そうなの。うわっ、それはすごいな、さすが魔法使い。これって僕がコルトとリンクってやつをしたからなのか」

 つむぐは少し興奮気味に動くと、コートや帽子を触りだす。

『そうだよ。私が君とリンクしたからこそ得られた力だ。まあ、魔道具によって姿形はそれぞれ違ってくるが、基本的にはコートやマントに帽子を被っているのが一般的だ。君の場合は私の形態もあるのでホルスターがあるだろう』

「ああ、なるほど。僕はてっきりマントに三角コーンみたいな帽子を想像してたよ」

『まあ、そういう奴もいるが。君はあれが好きなのか』

「いいや、僕は断然こっちの方だよ」

 つむぐは内心では中二病と思いつつも、格好を気に入った様子で楽しんでいる。

『つむぐ、子供のようにはしゃぐのはいいが、そろそろ次の話に移ってもいいか』

 コルトは呆れた口調でつむぐを諫めると、溜息をついた。

「ああ、悪い。つい、何だか不思議でさ」

『君はもう魔法使いだぞ、そのうち慣れる』

「そういうもんかな」

 つむぐは落ち着きを取り戻すと、頷いて見せる。

『それでは、次に。そうだな、つむぐちょっとそこで飛んでみてくれないか』

「ジャンプすればいいのか」

『ああ、とにかく力一杯飛んでみろ』

 つむぐはそう言われると、コルトを懐のホルスターへと仕舞い両膝を曲げて屈む。そして不思議に思いながらも、力一杯飛び上がった。するとつむぐの体は、ちょうど木々を少し見下ろせるぐらい高さまで飛び上がると、そのまま重力に任せて落下する。

 つむぐは悲鳴を上げるのも忘れて眼下に迫る地面をただ見つめながら、心のなかで覚悟を決めたが、次の瞬間には何の問題もなく地面へと着地した。それは文字通りただ飛んだ時のような感覚で、高い位置から落ちたというのに不思議と足に痛みはない。

「おい僕、今あの木の上ぐらいまで飛んだぞ」

『身体能力の向上、それも魔道具の力の一つだ。脚力はもちろん腕力なんかも人並み以上の力が出るはずだ』

「へえ、便利だな。これで自転車でも漕いだらバイク並みだ」

『残念ながら、知力に影響がないことだけが、これの唯一の欠点でもある』

 コルトは疲れたように声を出すと、わざとらしく溜息をついた。

「言っておくけど、僕は馬鹿じゃないぞ」

『期末試験とやらの結果を見てからでも、その台詞が言えるのか』

 割と冷静なコルトの言葉に、つむぐは一瞬固まるが、次の瞬間には何事もなかったかのように「さてと、訓練を続けるかな」と言うと笑いながら誤魔化した。

『先行きが不安になってきたよ』

 コルトは魔法使いとしての一歩をようやく踏み出したつむぐに安堵するも「これからだ、ここから……」とそう静かに呟くが、その声はかすかな風へと消えていった。

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