第15夜

 目を覚ますと、明け方に自室のベッドの上で横たわっていた。

 つむぐは後頭部の痛みを感じると、そこにはタンコブができていた。眉間に皺を寄せて痛みに耐えながら顔を横へと向けると、一人の少女が椅子で眠っている。

 つむぐはその姿に目を見開くと、落ち着いて静かに眠る少女の寝顔をそれとなく見つめてしまっていた。そしてその静かに眠る少女の頬にゆっくりと手を近づけると、少女はすっと目を見開いた。

「触れる前に先にかける言葉があるんじゃないのか。この変態」

 つむぐは体を硬直させると、瞬時に後ろへと跳び引いた。

「いや、違う、ごめんなさいって。誰が変態だ!」

「寝入っている女を見つめながら、その肌に触れようとする奴が何を言っている」

 つむぐはその言葉に黙ると、少女を睨み返した。

「勝手に人の家に侵入するような奴に言われる筋合いはない」

「人の家、違うな。ここは私の家でもある。何故ならおまえが住んでいるのだからな」

 少女は胸を張ると、堂々と言い放つ。

「わけのわからんことを、こっちは最近妙なことばかりでいい加減疲れてるっていうのに。今度は何か、実は僕には生き別れた妹でもいたとか言うんじゃないだろうな。僕はロリコンでもないし、お兄ちゃんと呼ばれて喜ぶ人間でもない」

 つむぐはそう捲し立てると、姿勢を正した。

「私が君と同じ血筋のわけがないだろう。どこをどう見たら、そういう考えになるんだ。君は馬鹿なのか?」

 少女は呆れた様子で、肩を落とす。

「誰が馬鹿だ。じゃあいったい君は何なんだよ」

「私か、私はコルトだ」

「コルト……。それが君の名前なのか?」

 コルトと名乗った少女は「ああ」と頷いた。

「それで、君は何ていうんだ」

「何が」

「名前だよ。私はまだ君から名前を聞いていない」

 コルトは口の端を吊り上げて笑みをつくると、人差指をつむぐに突き出した。

「僕か、僕の名前はつむぐだ。東雲つむぐ」

「つむぐ、そうか君がつむぐか」

 コルトは顔を俯かせると、つむぐの名前を何度か呟いた。

「ああ、じゃなくて。何でええっと、コルト。コルトは何でここにいるんだよ」

「私がここにいる理由か。それはつむぐ、君がここにいるからだ」

「そんなんじゃ、理由になってないだろ」

 つむぐは話がまったく進まないことに、疲れた様子で言葉を続けた。

「僕が知りたいのは、コルトが何で僕の所にいるのかってこと」

 コルトはつむぐのその言葉に少し間を置くと、徐に口を開いた。

「君からは懐かしい匂いがするね。私の好きだった匂いだ、暗くて優しい形をしている」

「はっ?」

つむぐは突然コルトから出た言葉に、困惑した表情を浮かべた。

「闇の匂いだよ」

「闇の匂いって、君は何を言っているんだ」

 コルトは、少し焦った様子で困惑するつむぐの顔に微笑んだ。

「つむぐ、君には魔法使いの素質がある」

 コルトはそれに付け足すように「だから、私がここにいる」と呟くと、真剣な眼差しでつむぐを見つめた。その瞳はただまっすぐに、つむぐを見つめている。

「魔法使いって、そんな漫画やアニメじゃあるまいし」

 つむぐは恥ずかしそうに視線を逸らせると、コルトの言葉をただ否定した。

「いるさ、ただそうやって誰も信じようとはしないが。しかし信じられないことは、ない証明には決してならない。私がここにいるように、つむぐに魔法使いとしての素質があるように、世界には否定しても否定しきれないことはたくさんある」

 コルトはそう言うと、すっと椅子から立ち上がった。

「東雲つむぐ。君がもし、この先このまま閉じた世界のなかで生きていきたと思うのなら私は止めない。そうしたら、私はすぐにでもこの場から姿を消すよ。もう二度と君の前には現れない」

 そう話すコルトは優しく、しかし何よりも力強くまっすぐな瞳でつむぐを見つめる。

「ただもし、君が望むのなら私はどこまででも手を貸すことを誓うよ。君の否定した世界は広大で、残酷なこともあるかもしれないけれど、他では得られないことで溢れている。私はそんな世界を君に見て貰いたいんだ、君と見てみたいんだ」

 コルトはそう言い終えると、静かに手を差し出した。

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