第12夜
橋桁の下、ちょうど日陰になるそこに一つの黄緑色をしたテントがぽつりと張られていた。近場に張られたロープには洗濯物が干してあり、石を積んで作られた釜の上には丈夫そうな鍋が置いてある。どこかの自然のなかでキャンプをしているような、この場にはどう見ても似つかわしくない光景が広がっていた。
そしてテントに住むであろう住人がパイプ椅子に座りながら、ちょうど川で釣り糸を垂らしている姿が見える。ジーパンに登山靴のような大きな靴を履き、頭には白いハンチング帽を被り、のんびりと水面を見つめている。ハンチング帽から出る長い長髪は赤く、柔らかく風に靡きながら背中を隠すように揺れている。細身の体には女性特有の曲線とくびれがあり、後姿だけでも美人だと思わされるどこか気品のようなものが漂っていた。
しかし、つむぐは逆にその姿に見とれることはなく、その背筋には昼間だというのに冷や汗と寒気が走っていた。何故なら、その彼女の腕に陽射しが反射して、何か鱗のようなものが見えていたからだった。それは集中して目を凝らす程に、霞がかった景色が鮮明になるように、目ではなく脳がそれを認識していく。
そしてつむぐは彼女への距離と縮めようと、視線を放さずに足を踏み出した時だった。
今まで水面を見つめていた彼女が視線に気が付いたのか、つむぐの方を振り返ったのだ。
「あっ……」
つむぐはか細い声で驚くと、そのまま思考が停止した。その振り返った姿が人間の姿ではなく、何か別物の何かだったからだ。鋭い爪に翡翠色の鱗のある腕、髪は青く染まり、振り返った瞳はルビーのように紅く、その唇は血の気がない程に青白い。
女はつむぐが自分の姿を捉えていることに感づくと、釣竿を手放して慌ててつむぐから逃げるようにして走り出した。その後姿はもう元に戻っており、化け物じみてはいない。
つむぐは反射的に逃げる女を追いかけていた。
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