第09夜
つむぐは振り返らなかった。そのままの姿勢で静止したまま、途方もないような時間の感覚を味わいながら、ただ声に耳を傾けていた。
「これから君の前に立ち塞がるものは、きっと君を傷つけ悲しませるかもしれない」
男の声は、何の脈絡もなくそう言うと、間をおいた。
そしてつむぐの手を、先程の絡め取るような感触が包み込んだ。
「本当にすまない。それでも、これは君が持っておくべきものだ」
その瞬間、つむぐは手の中に何かが手渡された。そしてゆっくりと、手を放すように、包み込まれた手は解放された。
「どうか、幸せになってほしい。彼女は最後に、そう言っていたよ……」
その言葉を最後に、男の声は消えると、同時に先程まで感じていた感覚が薄れると現実的な感覚が戻ってくる。足を地につけ、息をして、土手の沿いの風景と夜風を頬に感じながらつむぐは不思議に戻ってきたのだと妙な実感をした。
そして深く息を吸い込んで吐き出すと、後ろをゆっくりと振り返った。
「夢だったのか」
そう呟きたくなるのも無理はないように、そこには何ら代わり映えのない平凡な風景が広がっていた。しかしつむぐは自身の右手にあるものに視線を移すと、それが思い違いではないことを証明していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます