第45話 三章 二十七話 巨人
「これはどういったことだ? 展開している部隊の七割が壊滅したではないか!」サードミナスは苛立ち語気を強める。「一体なにが起こっている!」鉄の軍配を握る手に自然と力が入る。軍配がミシミシと嫌な音をたてた。撤退していくラトプナムの戦士たちをモニター越しに睨むサードミナスのこめかみに青筋が浮かんだ。その美しい顔立ちが怒りで歪んでいく。
部下たちはこの嵐が過ぎ去るのを、ただ黙ってじっと待った。
「こ、後方から出現した竜の放った高出力のドラゴンブレスによって、第一群は壊滅したと、と、思われます」そんな沈黙に耐え切れなくなった一人のオペレーターが
愚かにも発言した。それは煮えたぎる油に水を浴びせかけるようなものだった。
「あ?」サードミナスは少年の見た目からは想像もつかないドスの効いた低い声で、オペレーターの言葉に反応した。
「そんな! ことは! 分かっている‼」そして大の男すらも縮み上がりそうな声色で、身の程知らずの部下に向けて罵声を浴びせる。
「アイエエエ!」鋭い怒声を浴びせかけられたオペレーターは、静かに失禁。
サードミナスの虫の居所が悪い時は、彼自身から話しかけてこない限り余計な事は言わない。それが部下たち全員の暗黙の了解だった。哀れなオペレーターも、この一件でそのことを学んだであろう。
サードミナスは深呼吸をして心を落ち着かせながら指揮官席に座りなおした。軍配は傍らの小型テーブルに置かれている。彼はその細く白い足を曲げ両手で抱え込んでから、目を閉じた。想定外の事態や計画の練り直しが必要になった時などには、決まってこのように胎児のように丸くなり瞑想を行うのだ。
巨大な城門が口を開けた。負傷した戦士たちが続々と帰還してくる。
「急げ! 歩ける連中はテントに誘導。重症の奴は担架で運ぶぞ!」医療班である事を示す赤い印の入った腕章をつけた中年の兵士が、部下たちに的確な指示を出していく。彼らは普段、ラトプナムの病院で医療に従事している予備役の人間だった。今回の戦いのためにほぼ全員が招集されていた。
「彼も診てあげて!」ミザールが声をあげると、すぐに女性の衛生兵が対応のためにやってきた。衛生兵は一切の無駄なくアルコルに簡易的な診察を実施してトリアージを行った。結果、彼は比較的軽傷であると判断された。彼が治療を受けるのは、衛生兵が重傷者たちの処置を終えてからだ。
「本気かよ」アルコルが抗議の声を上げた。衛生兵はその返答として少量の痛み止めをよこした。これで我慢しろということだ。
「そっちの人は⁉」衛生兵の一人が気絶したトウマに気づく。「この人に治療は必要ありません。それよりも水と食べ物をいただけませんか」トウマの介抱を行うカレンが言った。
「それなら、あそこのテントに行けばもらえます。でも量には期待しないで。なにせ非常時なので」「ありがとうございます」カレンは衛生兵にお礼を言うと、支えていたトウマを放り出してテントへと向かった。
すこししてカレンが戻ると、トウマが目を覚まして上体を起こしていた。憔悴しきっていたが、目には生気がほとばしっている。
「目が覚めたようですね。これを」カレンはテントで受け取った水の入った陶器のコップを差し出した。
トウマはそれをもぎ取るようにして受け取り一息に飲み干した。
「フーッ…状況は?」水分を摂取したことで僅かに活力を取り戻したトウマは、カレンに問う。
「かなり悪い。通信は不能。相手方の戦力はこちらを圧倒しています。あぁでも、それについてはあなたが大半のバグを仕留めていたから、少しはましになりましたね」
「面白くない冗談だな」トウマはカレンを睨んだ。
「それはそうでしょう。事実を言ったまでですから。しかし…」カレンは言いよどみ眉間にしわを寄せた。
「それでも勝つには厳しいか」当然かとトウマがため息をつく。
「ええ。敵がどれだけの戦力を温存しているかわかりません。それに味方があまりにも連携を取れていないのが問題です。あなたを拾った前哨陣地でも、当初は市民防衛隊だけがあの場所を守っていました。獅子と隼の戦士たちが到着したときにはほぼ瓦解状態だったんですよ? 初めから密に協力をしていれば、まだ少しは持ちこたえられたかもしれないのに!」それぞれのグループがバラバラに戦っていては、勝てる戦いも逃してしまう。自分がすべての指揮を担うことができれば多少はましになっていたはずだと思い、現実としてそれができなかったことにカレンは不満を露わにした。
「ふうん。それじゃあ、生きていた事を伝えに行こうか」トウマはふらふらと立ち上がった。
「どこに行くつもりで?」
「友人たちのところに決まっているじゃないか」
竜の鎧(仮題 村娘が竜騎士に引き取られて立身出世) 三章 甦る砂の王国(休止中) 銀次 @Aron04
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