第43話 三章 二十五話

 バガン×三! しかしバグの爪がミザールたちを捉えるその刹那。三本の矢がバグ共めがけて飛来する! 矢はそのすべてが狙いを誤る事無くバグの目玉を貫通した!

 突然の援護射撃によって、ミザールたちの乗るラクダは窮地を脱することができた。

「さすがね」ミザールは小声で称賛の言葉を口にする。そして二人を乗せたラクダは、前哨陣地の後方に作成されていた第二陣地へと逃げ込んだ。


「さあて、とりあえず危機は脱したってところだな」ラクダが陣地に無事侵入した事を確認したアルコルは呟いた。

「隊長。新手が来ます」部下の一人が冷静な態度で報告する。そのすぐあとに、陣地前方が黒くなってゆく。バグの新たな軍勢が近づいて来ていた。

 敵の接近を見たアルコルは、持っていた弓を構えた。つがえられているのは先端に黒い煙の入った小瓶を括り付けた特殊な矢。合計三本だ。


 アルコルは弓を引き絞った。鍛え抜かれた広背筋が浮かび上がる。彼の弓術は、ほかの誰よりも勝っていた。彼の使う弓は特別製で、一般戦士たちの使用する弓の三倍の強さで弦が張られている。それを使い、アルコルは手の皮が破れようとも力が入らなくなろうとも欠かさずに鍛錬を行い続けた。血のにじむ鍛錬を長年続けた彼は、そしてついに三倍弓を難なく扱える肉体を作り上げたのだ。結果、彼の肉体は左肩が右肩よりも盛り上がった異様な姿となった。その肉体は飾りではない。


 弓矢を斜め上に向ける。距離、風速、弦を弾き絞る強さ。そのほか様々な要素を織り込み脳内で計算をはじき出し、そして放った。三本の矢は放物線を描き、地上に近づくにつれて拡散しながら、バグの群れへと落下した。矢はすべて同時に着弾する。またたくまに黒い煙がバグの群れを包むように広がっていく。アルコルは素早く二の矢を放った。その先端には小さな火が灯っている。


 火矢が砂の海に広がる黒雲に突っ込んだ。その七秒後、凄まじい勢いで炎が吹き上がる。火炎の奔流がバグの体を焼く。アルコルたちは敵が燃えていくのを見守った。

 燃焼が終わった。灰色の煙があたりに立ち込める。その中からバグが姿を現した。あの攻撃は効果がなかったのだろうか? いや、慌てるのはまだ早い。

 バグが足を一歩踏み出した。鋭く固いはずの爪がボロりと崩れる。弾性のあった黒い体は乾いた土くれのように脆くなっていく。

「こちら第二陣地、敵の足を止めた。援護射撃を要請する!」アルコルが通信機に向かって叫ぶ。数分後、ラトプナムから無数の矢が放たれた。矢の雨は燃えて肉体を硬化させられたバグを砕いていった。陣地やラトプナムから戦士たちの歓声が響く。この攻撃で全バグの三分の一が殲滅された。もしかしたら援軍が到着するまで持ちこたえられるかもしれない。そんな希望が人々の間に広がっていく。だが試練は終わらない!



 突如、複数の大質量物体が第二陣地に飛来した。轟音が陣地を包み、アルコルたち戦士が宙を舞う。数秒の間浮遊感を感じたのち、アルコルは砂に叩きつけられた。反射的に呼吸が止まり、肺の中の空気がすべて吐き出される。〈……なんだ。何が起きた?〉アルコルはあおむけになった状態でぼんやりと考えた。妙に気持ちは落ち着いており、まだ飛んでいるかのような感覚が体に残っていた。視界は天地逆さまで、耳鳴りのせいで周囲の音は何も聞こえない。状況が一切わからなかった。

 しだいに音が戻ってきた。アルコルは苦労しながら体の向きを直して、うつ伏せになった。改めて状況を確かめようとあたりを見渡したが、余計に混乱に拍車がかかっただけだった。


 整えられていたはずの陣地は、防御柵は破壊されているか歪んで使い物にならず。整列していた戦士たちは、叫び声や怒鳴り声をあげながら、てんでバラバラの場所に散らばっている。何が起こったのかを把握している者は誰もいなさそうだとアルコルは思った。


「…ルコル。アルコル! どこ!」ミザールがあわただしく走ってきていた。辺りの土煙が少しだけ晴れる。

「はあー。ふうぅ。こっちだ」ゆっくりと立ち上がり、よろよろとアルコルは歩きだした。全身が痛むが幸いなことに打撲だけで負傷はすんでいるようだった。

 ラトプナムが見えた。アルコルの足が自然とそちらに向く。彼の日常の象徴は以前と変わらずそこにある。誰かがアルコルの腕を掴んだ。煩わし気にアルコルは振り返る。そこには彼の恋人の姿があった。

「ミザール…何が起きた?」見知った顔を見て安心したアルコルはその場に座り込んだ。

 座り込んだアルコルのケガの具合を確かめるためにミザールも膝をつく。体のあちこちを調べながら、ミザールは口を開く。


「多分、砲撃かなにかだったんだと思う。音が聞こえてからすぐにわたしは戻ってきたの。オコーネル司令官はこのことを伝えにラトプナムに戻ったわ」

 アルコルは俯きながら一言「そうか」とだけ言った。

「じゃあほら、ここから移動しましょ。掴まって」アルコルの肩を自身の首に回して、ミザールは彼を立たせた。


 二人がバグの群れの方に視線を向けた。いまだに火が燻り続け灰色の煙が渦巻くその場所から、巨大な影が姿を現した。背中に自身の体躯以上のサイズをした大砲を背負った体長三メートルほどの大型バグ五体がそこにはいた。

「あ、あぁ」「何…あれ⁉」二人の戦士の顔が驚愕に歪む。


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