第42話 三章 二十四話
「怯むな! 持ち場を守れ!」今日何度目かになるオコーネルの怒声が戦場に響く。バグが迫ってくる。オコーネルが素早くライフルを一番近い距離のバグに向けて、引き金を引いた。狙いは正確で、バグの目玉が撃ち抜かれる。
ほかの兵士たちも奮起する。しかしバグの勢いも衰えることがない。バグは人間とは異なり、倒れて機能停止した仲間を構うことはない。それどころか積みあがった仲間の死体を盾や跳躍台として利用してくる始末だった。距離が縮まっていく。そしてついに陣地に肉薄する距離へとバグの群れは到達した。
オコーネルの左側から悲鳴が聞こえた。その声が意味する事は一つ。陣地に侵入を許したのだ。接近戦で人間がバグを倒そうとするならば、屈強な戦士が最低三人は必要である。しかもそれは良くて相打ちでだ。
今度は右手側から悲鳴。陣地は瓦解寸前である。見ろ! オコーネルにバグが一体飛びかかってきたぞ!
「くそが!」オコーネルは叫びながらライフルを発砲する。しかし目を狙った弾丸は僅かに逸れて目の横のブヨブヨとした肉体を抉っただけだ。バグが鋭い爪を振り下ろした。オコーネルのライフルが横に四分割される。オコーネルは間一髪のところで手放したおかげでなんとか無傷だ。
主力の武器を失ったオコーネルは、両脇下に吊ったホルスターから拳銃を引き抜いた。ライフルと違い、目玉に当てれば一撃必殺とはいかないが、ないよりはましだった。
武器を破壊したバグが再び爪を振り下ろす。オコーネルはバックステップして回避。そして二丁拳銃を構えて引き金を引く。二発の弾丸が揃ってバグの目玉を砕く。右側から新手が襲い掛かってきた。右手の拳銃の引き金を二度引き、バグの目玉が砕ける。
今度は左からバグが迫る。素早く振り向いて乱射。走って接近してきていたバグが絶命する。機能停止したバグの体は、勢いを弱める事ができずに砂の上をバウンドして激しく転がっていった。
さらに襲撃が続く。オコーネルは引き金を引いた。カキン。撃鉄が空気を叩いた。ウカツ! バグの絶え間ない攻撃のせいで、弾丸を装填する暇がなかったのだ。
オコーネルの事情はお構いなしとバグがさらに集まってくる。オコーネルは二、三歩下がってから、振り返って逃げ出した。だが彼を責める必要はない。すでに大勢の兵士たちが後方に退却しているからだ。彼は最後尾に残り、限界まで部下の退避を助けていた。
絶叫しながらオコーネルが走る。背後からは爪状の鋭い四肢を振り回しながらバグが追いかけてくる。
息も絶え絶えになり、今にも砂に膝を付いてしまいそうになったその時、オコーネルの視線が向く先ラトプナムの方向から、いくつかの砂煙が立ち上るのが見えた。
「ボアアアアァ」特徴的な鳴き声を上げながら、二十頭のラクダが姿を現した。ラトプナムの地で連綿と交配を繰り返して育成され、並大抵の事では動じず疲れ知らずのスタミナを持った軍用ラクダが砂の大地を疾走する。その足取りは自然ならざる恐ろしき敵に向かっていっているというのに鈍ることはない。
その背には日に焼けた肌に漆黒の髪を振り乱した屈強な獅子の戦士たちが跨っていた。
「伏せてください!」先陣を切って戦場に侵入した騎兵が叫ぶ。オコーネルは自然と体が動いて砂の上に身を投げ出した。その直後、背後に迫っていたバグがオコーネルを飛び越して騎兵に飛びかかる。だが騎兵の方が早かった。騎兵が槍を水平に構えてバグへと突撃した。両者はその速度を緩めることなくすれ違う。
オコーネルはその光景を、固唾を飲んで見守った。彼の命は、砂煙と共に現れたこの騎兵にかかっているのだ。
バグが砂の上をバウンドしながら転がった。その体は棒状のものに貫かれていた。その正体は騎兵の構えていた槍だ。騎兵の突き立てた槍がラクダの速度を載せて威力を増幅。バグの目玉を砕き、そのまま肉体を貫いて串刺しにしたのだった。
間一髪のところで命を拾ったオコーネルはよろめきながら立ちあがる。バグを倒した騎兵は速度を落としながら旋回してオコーネルに近づいてきた。
「ご無事ですか?」
「ああ、助かった。君は?」
「獅子の一族、ミザールです。一度退避するようにとの指示を受けました。どうぞお乗りください」ミザールがオコーネルに手を差し伸べた。
「そうか」オコーネルは手を掴み、ラクダの背に乗りながら言った。「想定より敵の数が多い。連中、倒しても倒してもきりがない」空になった拳銃に弾を装填しながら、オコーネルはため息をつく。
「掴まってください」ラクダが急発進した。背後からバグが大挙して押し寄せて来ていたためのんびりとしている暇はない。
ミザールはラクダを巧みに操り砂漠を駆けた。しかしバグの方が速度に勝る。その距離が徐々に縮まっていく。バグが三体突出してきてミザールたちに飛びかかった。オコーネルが体を捻り応戦をする。一番至近距離にいたバグが弾丸を受けて狙いを外した。オコーネルたちを切り裂くはずだった爪は砂に沈み込んだ。
続いて二体目のバグが飛びかかる。ミザールの巧みな手綱さばきによりこれを回避。バグの爪が砂に沈みこむ。
続いて三体目が飛びかかった。オコーネルが発砲したが、それと同時にミザールも回避行動をとったため、弾丸はあらぬ方向へと飛んで行った。迎撃に失敗した隙を見逃さず、三体目のバグは、先ほど襲い掛かってきた一体目と二体目のバグとともに再び飛びかかってきた。迎撃も回避も間に合わない。アブナイ!
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