第41話 三章 二十三話

  ~前哨陣地にて~



 防衛隊司令官のオコーネルは、眼前の砂漠を睨みつけながら通信機に語り掛けた。

「こちら前哨陣地。いつでもいいぞ」

 通信機からノイズ混じりの男性の声が聞こえてくる。アイマンだ。

「了解した。こちらも準備はできている。獅子の連中も同様だ」アイマンの声は僅かにいらだちを含んでいる。

「何か懸念でもあるのか?」通信相手の様子の変化に気付いたオコーネルが尋ねた。

「ああ、どこまで足並みを揃える事ができるか、それが心配でな」

 オコーネルが納得いったという様子で、「ああ」と言った。

 確かに戦士団はどちらも強力だ。各々の戦士たちは自分たちこそがラトプナムで最も優れた戦士であると疑いもしない。長年の因縁と合わさったそれは、度々トラブルを招いていた事をオコーネルも承知していた。そしてそれが原因で、今回の戦いが悲惨な結末を迎える可能性があることを、アイマン、オコーネル、オームの三人は強く懸念していたのだ。

「おっと、お客様がお出ましだ。通信は繋げたままにしておくぞ」



   ~ラトプナム胸壁部~


「了解。油断するなよ」アイマンは連絡を終えた。そして通信機を起動状態にしたまま、傍らに立っているカレンを見た。

「そろそろのようですね」カレンは落ち着いた声色で言った。まったくの自然体だ。その佇まいから、経験の豊富さが見て取れる。

 カレンの身は、各関節を守る最低限のアーマーと戦闘服に包まれている。背中には自身の身長ほどもある竜騎兵専用の大型ライフルを背負っていた。ほかにも様々な武器を満載している。さながら生きた武器庫だ。

「ええ」アイマンのこめかみに汗が一筋流れる。その汗が気候によるものでは無いことは、彼自身がよくわかっていた。

 アイマンは胸壁の塀に両手を置き呼吸を整えた。それから振り向くと、胸壁上で戦いの始まりを今か今かと待つ戦士たちに発破をかけるため、口を開いた。

「いいか貴様ら、ラトプナムが明日も変わらず存在できるかは、お前たちの双肩にかかっている! 一人一人、己の全力をもって事にあたれ! 絶対に守り切るぞ! いいな!」

 アイマンの威厳ある鋭い声が、隼の戦士たちを鼓舞する。次々と威勢の良い声が聞こえてくる。逞しい腕が、一族伝統の弓を高く掲げた。

〈さあ、来い。ハヤブサ一族の弓術を味合わせてやる!〉

 アイマンの瞳が、黒く蠢く群れが前哨陣地へと接近していく光景を捉えた。イクサの始まりだ。

「総員構え!」アイマンは肺いっぱいに空気を吸い込み、号令をかけた。戦士たちが次々に矢をつがえた弓を斜め上に向ける。カレンだけはその大型ライフルを塀から突き出して、黒い波に直接向けた。

「放て!」アイマンの言葉を合図に、次々と矢が放たれた。空を暫し飛行した後、矢は重力に従い、鋭い切っ先を敵に向けたまま落下していく! おお、見よ! 空が無数の矢に覆いつくされていく!





 陽炎の揺らめく砂漠を、長身瘦躯の不気味な翁面の男が近づいてくる。その様子をオコーネルは唾を飲み込みながら見守った。

 周囲の部下も浮足立つ。今にも引き金に掛けた指を引いてしまいそうな状態だ。


「ドーモ、サードミナスです。指輪を受け取りに来ました」翁面は陣地のすぐそこまで近づくと、奥ゆかしくアイサツをした。

「ドーモ、オコーネルです。先日は失礼した」オコーネルもアイサツを返す。アイサツは実際大切だ。

 オコーネルはアイサツを済ませると、右腕を背後に回した。そしてそのままハンドサインを作り部下に合図をする。サインを受けた周囲の兵士たちが、すぐさまライフルを構えた。その狙いはサードミナスである。

「…これは?」サードミナスは自身を狙う兵士たちの列を眺めてから、オコーネルに尋ねた。銃に囲まれているにも関わらず、余裕の態度を崩さない。

「あの後慎重に議論を重ねた結果、我々は貴様の要求を拒否することに決定した」オコーネルは緊張を押し殺して言った。舌が乾く。なんとか穏便に事が済まないかと願ってやまない。

「そうか」サードミナスはラトプナム側の気持ちを理解しているというように、うんうんと頷いた。「まあ、当然だな。だけどいいのかね? 交渉が決裂すれば、ラトプナムは確実に滅ぶ。それでも構わない。そう言うのだな?」

 オコーネルが一瞬たじろぐ。だが咳払いをしてすぐに精悍な表情を取り繕う。「そうだ。我々は決して譲らない」

「いいだろう。では、望み通りにして差し上げようじゃないか」


 風が吹き、砂が巻き上げられた。その強さは次第に増していき、ついには砂嵐となる。

 オコーネル以下ラトプナムの兵士たちは、たまらず顔を庇う。彼らが気づく事はなかったが、この光景を俯瞰して観察できる者がいたならば、あまりにも制御されすぎているという感想を抱いたことだろう。その砂嵐は、ラトプナムで起きた過去のどんな砂嵐と比較しても、異常に小規模だったのだ。それはサードミナスの背中側から向こうのごく限られた範囲にのみ発生していた。

 サードミナスが手を叩く。その動きはどこか楽しそうだ。

「それでは紹介しよう、よく目に焼き付けろ! これが君たちの死だ!」サードミナスは両腕を勢いよく広げた。同時に砂嵐の厚い壁が勢いよく裂ける。

 オコーネルが顔を上げた。その顔が驚愕の表情を作る。彼の視線の先、七百メートル前方に黒い地平線が見えた!

 何という事だ。先ほどまで姿形もなかったはずの大小様々なバグが、ひしめき合って整列しているではないか! その数、約三千体! コワイ!


「全員、構え!」オコーネルの号令で兵士たちが銃を構えた。目標は彼らに迫る黒い波だ。

「ギリギリまで引き付けるぞ!」

 バグが陣地へと近づいていく。兵士たちの顔に恐怖が浮かぶ。そこに追い打ちをかけるように、彼らの背後から風を切る音がした。幾人かの兵士たちが思わず振り向く。

「目を離すな!」オコーネルがすかさず怒鳴る。

 風切り音の正体は、バグに向かって宙を舞う無数の矢だった! 矢は空を覆いバグに降り注ぐ。次々と黒くブヨブヨとした黒い肉塊が疾走する。バグの群れは矢を受けて衝撃で転倒する。いくつかの個体はその紅い単眼に矢が突き刺さり絶命する。だが大多数の個体は止まらない。幾分かは動きが鈍ったがそれでも足を止めるには至らない。バグと前哨陣地との距離がさらに近づく。

「狙え!」バグが接近する。「狙え!」さらに接近する。銃が充分に威力を発揮する距離まで互いの距離が縮まった。

「撃てぇ!」オコーネルの号令と同時に兵士たちが引き金を引いた。鋭い銃声が響き渡り、強力な弾丸がバグの身体を打ち抜く。兵士たちが一斉に排莢をする。そして再装填。再射撃。厚い弾幕がバグの進行を妨げる! まだだ、まだ終わらない! 


 ところ変わってラトプナム胸壁では、カレンが防衛隊の攻撃を見守っていた。

 彼女は大型ライフルに備え付けられた照準器越しにバグを見つめると、深呼吸をして引き金を引いた。常人では一度発射するだけで全身打撲必至の反動を、カレンはその竜戦士特有の強靭な筋肉で押さえつけて使いこなす。

 横の回転が加えられて発射された大口径の弾丸は、通常の歩兵武器では到底届かない距離へと難なく到達する。そして兵士たちに今まさに飛びかからんとしていたバグの目玉を貫いた! さらに! 倒したバグに続いて接近してきていた複数のバグをも打ち抜いていく! ブルズアイ!



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