第40話 三章 二十二話

 サードミナスは意識を自らの肉体に帰還させると、まず伸びをした。そして足を組み膝の上で両手の指を組んでから、満足そうな笑顔を作った。子供らしからぬ悪意に満ちた笑顔である。

「君、すべての部署に伝えてくれ。戦闘の準備を万全に、と。明日は一つの都市が地図から姿を消すことになるぞ。クッハッハッハッ!」何という邪悪な高笑いだろう。これには脇に控えていた副官も戦慄せずにはいられない。そもそも、サードミナスには交渉する気など端からなかったのだ! おお! ラトプナムは、人々はどうなってしまうのか! 


 しばしの時間が経過した。すでに日は落ちていたが、ラトプナムでは急ピッチで戦支度が進められていた。戦士たちは交代で休みを挟みつつ防備を固めている。日中に破壊された胸壁もすでに修繕が施されていたが、それは極めて簡易的なものであるため他と比べて脆弱だ。敵がラトプナムの外壁部に肉薄してきた場合、まず真っ先に破られる箇所であろう事は簡単に予想できた。しかし贅沢は言えない。限られた時間ではこれが限度なのだ。

 ラトプナム正面から少し離れた場所にある石造りの柱が横たわっている小さな遺跡跡には、前哨陣地とでも言うべきものが設営されていた。ほかにも様々な準備が余談なく行われている。既にラトプナムは要塞としての機能を取り戻していた。


 だが、それでもアイマンの不安は晴れることはなかった。現在、砂漠を渡ったさらに南にラトプナムの竜騎士と何割かの戦士たちが征伐のため派遣されており、通常よりも戦力が欠けていた。帝都から派遣された竜騎士も行方不明で、竜騎兵が一人残っているだけだ。あまりにも心もとない。

 周辺地域の都市には救援を求める通信を飛ばしたが届くことはなかった。長距離の通信が妨害されていたのだ。伝令を向かわせたが、それも往復で最低二日はかかるだろう。耳と口そして片腕を封じられた状態となった今のラトプナムに、どれほどの時間が残されているのだろうか。

 敵もそこのところを理解しているからこそ、発掘された指輪の引き渡し要求という暴挙に出たのだという事がアイマンにはわかった。


「おじさん…」気付くと背後にアルコルが立っていた。

「アルコル。準備はどうなっている?」アイマンは振り返りもせずに言った。その目は砂漠の向こう、姿なき敵対者に向けられている。

「各戦士団はいつでも動けます。ですが、住民の避難は全体の三十パーセントしか進んでいません」

「明日の正午までに間に合うかどうかだな」そう呟いてから、アイマンは手振りでアルコルに下がるように伝えた。

 一人になり、アイマンは深いため息を吐いてから空を見上げた。公文書館で見た白昼夢。あれは何だったのか。謎の声。彼は自分に話しかけていた。だがその意味が解らない。自分にどうしろというのだろうか。いくら頭を巡らせても答えが見つかることはなかった。それは当然だ。カギは中ではなく外にあるのだから。


 時間が無慈悲に経過していく。雲は流れ、日が昇る。再び朝が来た。果たしてこれがラトプナム最後の朝日となるのだろうか? 


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