第39話 三章 二十一話

 微細な振動がアイマンの足に伝わった。

〈なんだ?〉しかしそんな些細なことに気を散らせる暇はない。今一番の問題は、目の前で不敵な態度をとる侵入者だ。

「貴様、何者だ!」アイマンはわずかも視線を逸らすことなく拳銃を両手で構え、鋭く言った。

「お初お目にかかる」不気味な翁面を被った長身瘦躯の男は少年のような甲高い声で笑った。「ドーモ。サードミナスです」男は名乗ると黒の装束に包まれた両手を合わせてアイサツをした。

「ドーモ。お前の名前に興味はない。おとなしく答えろ」

 衛兵がサードミナスとの距離をじりじりと詰める。

「ふん。教養のない奴らめ」その様子を見て、サードミナスは面白くもないというように吐き捨てる。「では単刀直入に言わせていただく。あなた方の回収した指輪。その片割れを譲り受けたい」

「指輪の事をなぜ知っている」腰の鞘から投げナイフを抜いて構えた状態のオームが、声を押し殺して言った。


「何故? それはあの指輪が君たちに発見される以前から、私たちも捜索していたからだ」

 その時、背後に接近していた衛兵が剣を振りかぶってサードミナスに襲い掛かる。

「イヤーッ!」サードミナスのシャウトが響く。そして体を捻り、背後に視線を向けることなく回し蹴りを放った。

 次の瞬間、衛兵は頭と体が泣き別れ。赤い水を吹き出すおぞましいオブジェと化した。

「そして私の仕える、さる高貴なお方に必要なものでもある。であるからして、早急にお譲りいただきたい」サードミナスは左足を振って付着した血液を飛ばしながら、話を続けた。その恐ろしい蹴りを目の当たりにした衛兵たちの動きが鈍る。

「要求が受け入れられない場合、この要塞都市は砂に沈む事になるぞ。そうそう、今朝のプレゼントは気に入ったか?」その言葉に、サードミナス以外のその場にいる全員が目を見開いた。


「まさか、お前が。お前がすべて! 先日のバグの襲撃も、今朝の爆発も、お前の仕業なのか!」アイマンはそう言ってから、奥歯が割れそうなほどに歯を食いしばる。目の前に立つ、ここ数日の襲撃、そのすべての首謀者であるらしい存在を目の当たりにして、すぐにでも飛びかかりたかったが、そんなことをすれば、冷たい石の床に横たわる哀れな衛兵の二の舞になってしまう。その事を理解していたアイマンは、自分の胸の内で燃え上がる闘争心を必死に押さえつけていた。


「ああそうとも。私がバグをけしかけた。あれらは私の手足となってよく働いてくれる。なにせ、食べ物はいらず。文句はいわず。最期の最期まで敵に向かってくれるからね」仮面から嘲笑するような笑い声が漏れる

「貴っ様ぁ!」オームが叫んだ。彼の指に挟まれていた三本の投げナイフが解き放たれる。ナイフは空を裂き、サードミナスの背中に二本、腰に一本に突き刺さる。

しかしサードミナスは意に介さぬ。


「やれやれ。おとなしく話も聞けないのか」サードミナスがあきれたというように首を横に振る。「いいかよく聞け。おとなしく指輪を渡せばこちらはおとなしく退こう。だが、受け入れられない場合、この要塞都市はバグの餌食となる。よく考えろ。これは、はったりなどではない。我々にはそれだけの用意がある。明日の正午まで待つ」

 何という一方的な要求だろうか。これを素直に受け入れようと考える者は誰もいなかった。しかし、そのことについて反論できるわけではない。今この場で要求を拒否して、なんの用意もなく敵に襲撃される。そんな事は何としても避けなければならなかった。


「ではまた。失礼する」サードミナスの長身瘦躯の身体が徐々に透けていく。完全に姿が消えると、突き刺さっていたナイフが音を立てて地面に落ちた。

 包囲をしていた衛兵たちが、さっきまでサードミナスがいた場所に駆け寄った。痕跡はナイフと衛兵の死体以外存在しない。まるで幻覚か何かだったかのように消えてしまったのだ。


「なんだったんだ。一体」勢いよく息を吐きだし大名が言った。額には脂汗が浮かぶ。

「敵だ。敵ですよ! 大名、時間がありません。すぐに戦士団を編成し、防御を固めるべきです」アイマンが拳を握りしめて言った。大名もそれに頷き、命令を下そうとした。

だが、それはしわがれた声に遮られた。

「待て。勝手に話を進めるな。奴が言っていただろう。指輪とやらを渡せば退くと。戦って無駄な犠牲を出すよりもその方が良いのじゃないか?」隼の一族の長老の一人が言った。

「まさか! そんな戯言を本当に信じているのですか⁉ 奴はすでに防衛隊の兵士たち大勢の命を奪っています」

「だが、」長老がなおも食い下がろうとする。だが、すぐにその試みはオームによって阻止された。

「私も彼に賛成です。奴の口ぶりと状況から考えるに、ラトプナム外にあった畜産農家の村。そこの住人全員が変死していた事件にも関わっている可能性は高い。そのような事をできるような者が、素直に取引するとは思えません」言い切ると、オームはアイマンに〈このまま押し切るぞ〉という意味の目配せをした。

 ラトプナムに残された指輪は、現在獅子の一族の戦士であるミザールの身体に埋め込まれている。そんな不可解な話を今この時に言えば、混乱に拍車をかけて事態がより面倒な方向へと向かうであろう事は簡単に予想が出来た。それは回避したい。その瞬間、アイマンとオームの思惑は一致した。


「これは極めて繊細な問題だ。オーム、お前たちが口を出すことではないのではないかね」獅子の一族の長老がドスの効いた低い声でオームに言う。これは、ラトプナムの政治面を仕切る自分たち長老を飛び越して、大名に直接命令を下すように求めている戦士団の長たちの態度が気に入らないがための行動だった。バカ! 今はそんな事を気にしている場合ではない。ラトプナムが滅ぶかの瀬戸際なのに! バカ!


「いいかげんにしてください!」大名が一括した。思わぬ相手からの反発に老人たちはたじろぐ。

「平時であるなら、あなた方が自分の要求を通そうとわがままを言っても構いません。ですが、今はそんな状況ではないのです。ラトプナムの危機なのです! ラトプナムを収める大名として命じます。獅子の一族戦士団長オーム。隼の一族戦士団長アイマン。市民防衛隊司令官オコーネル。三者には、今回のラトプナム防衛、そのすべての指揮を一任します」

 大名の命令に、三人は敬礼で応える。

「勝手な事を!」老人たちが口々に意義を唱える。

「だまらっしゃい‼」しかし更に一括。「あなた方は市民の避難誘導を行うのです! いいですね⁉」

「ヨ、ヨロコンデー!」大名の有無を言わせない迫力ある態度に、老人たちは抵抗を諦めた!

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