第36話 三章 十八話
〈一体何が〉
外壁部の警備兵から襲撃の報せを受けたアイマンは、襲撃された場所まで向かっていた。
その道中、轟くような爆発音を耳にした。アイマンは音の出どころへと顔を向け、目を細める。
〈敵は爆弾を使ったのか?〉冷たいものが背中に走る。ラトプナム自体が襲撃を受けるなど何時ぶりだろうか。公文書館にでもいけば記録が残っているかもしれない。
そんな現実逃避じみたことを考えながら胸壁へと通じる階段を駆け上がった。緊張で心臓が激しく脈打つ。ラトプナムが直接攻撃を受けたことも驚きだが、前触れもなく襲撃を受けた事はさらに驚きだった。
胸壁部にたどり着いたアイマンは、背中に装備していた愛用の弓矢を構えた。ほかには矢筒、腰には取り回しの良い長さをした剣を装備している。
「警戒しながら前進しろ。油断するな」アイマンは矢をつがえながら、慎重に歩みを進めた。辺り一面が黒く焦げ付き、外壁の一部は消し飛んでおり、胸壁を警備していた兵士たちは胎児のようにその体を丸めて炭になっていた。敵の姿は見当たらない。
「こちらです!」
兵士に呼ばれ、アイマンはそちらに向かった。それは警報用の鐘が設置されていたはずの箇所だったが、肝心の鐘は爆風で根本からへし折れてどこかへと消え失せている。
「どうした」アイマンは兵士に近づき、その影に隠れて半身をひどく火傷した、ひん死状態の別の兵士が倒れていることに気付いた。
「彼は?」
「この場所を警備していた兵士の生き残りです。報告に走った者以外では、
彼が唯一ですが」兵士は視線を落とし、悔しそうに仲間を見た。
「なら早く治療をするべきだろう。なぜまだここにいるのだ」
「彼が、彼が知らせることがあると言うので」兵士は身を引き、アイマンにひん死の仲間に近づくよう促した。
「どうした友よ」アイマンがひん死の兵士の無事な方の頬に触れた。
ヒューヒューという呼吸音が聞こえてくる。アイマンは、この兵士をすぐに動かさなかった理由を理解した。火傷が半身だけでなく、肺にも及んでいるのだ。遅かれ早かれ呼吸困難に陥り命を落とすことになる。その前に少しでも自分にできることを果たそうという強い意思が、兵士の残った片方の目から見て取れた。
アイマンは耳を兵士の口元に近づけた。肉の焼けた臭いが鼻腔に流れ込んでくる。
「へき、はぐが…きあ。きういたら。おそわれあ。ふきおんあ。みんな。めをまえへ」
声は小さくまともに聞き取れるものではなかったが、アイマンは頭の中で補足しながら聞き続けた。
火傷の痛みに耐えながら、兵士は言葉をつづけた。前触れもなくバグに襲撃され、仲間たちが爆発で死んだ。そしてその爆発を引き起こしたのはバグだった。目が赤く光り、逃げる暇もなく全員が起爆に巻き込まれ、自分は何もできなかったと。彼はそう言い残すと、やるべきことをやりきった事に、起こった出来事を伝えられた事に満足したように一度大きくため息をつくと、息を引き取った
火傷の痛みに耐えながら、兵士は言葉をつづけた。前触れもなくバグに襲撃され、仲間たちが爆発で死んだ。そしてその爆発を引き起こしたのはバグだった。目が赤く光り、逃げる暇もなく全員が起爆に巻き込まれ、自分は何もできなかったと。彼はそう言い残すと、やるべきことをやりきった事に、起こった出来事を伝えられた事に満足したように一度大きくため息をつくと、息を引き取った。
アイマンは遺体をほかの兵士たちに託し、破壊の後を観察した。これまで何世紀もそこにあり、ラトプナムを守り続けていた塀の一部がぽっかりと空白を作っている。近づいて塀の空白部から顔を出して外壁部を見てみる。特に怪しい場所も、バグが通ってきた足跡らしきものもなかった。
「一体どこから」その時アイマンのうなじに冷たい感覚がした。咄嗟に首を引っ込めて右手でうなじを触る。わずかに濡れていた。
〈雨?〉
気づけば前方の空には灰色をした厚い雲が迫っていた。もたもたしていれば今いる胸壁部も雨に濡れることになってしまうだろう。タイミングが悪いと言うほかない。素早い判断が必要だった。そうしなければ証拠もなにも一切合切が流されてしまう。砂漠の雨は頻度が少ない分、降るときは一か所に嫌というほどに降り注ぐ。それだけでなく、雨を受け止めきれなかった砂漠は、ワジと呼ばれる涸れ川を形成し、洪水をたびたび発生させていた。この洪水によってアイマンも家族を失っている。それはアイマンに過度な警戒心を抱かせるには十分な理由だった。
「各自、現場の記録を行ったら、すぐに撤収するぞ。遺体の回収は丁重にな。めったにない急な雨だ。どれだけ降るかわからないぞ」アイマンはこの場を離れることに決めた。そしてすみやかに兵士たちに指示を出し、撤収の号令をかける。
一通りの作業を終えると、アイマンは速足でその場を離れた。少しでも空を見ないようにしながら。
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