第32話 三章 十四話

 トウマはまぶたに光を感じた。眩しいほどではなかったが、人工的な白い光に無意識に顔をしかめる。ゆっくりとまぶたを持ち上げ明かりに目を慣らし、自分の置かれた状況を確認した。まずは掲げられた両腕を動かす。それぞれ金属の拘束具がはめられており動かすことはできない。両足も同様だ。トウマは両手を握って開いてを二、三度繰り返し、手首を回した。折られた骨はすでに完治している。続いて体に力を込める。竜騎士の膂力があれば、この程度の金属なら簡単に引きちぎれる。しかしいくら竜のパワーを体に巡らせようとしても、不快な感覚がパワーの発揮を阻害する。


 トウマは脱出を一時休止して周囲の観察をすることにした。自分を拘束している拘束具は天井と床にそれぞれ固定されている。床は拘束具と同じような鈍い銀色の金属性で、辺りは一寸先も見えないほどに暗い。普段ならば昼のように見ることができるはずだが、今はできない。竜騎士のパワーのほとんどが封じられているのがわかった。


「目が覚めたようだな」

 前方から乾いた足音が近づいてきて、暗闇から小柄な人影が姿を現した。

「初めまして、だね。どうした、驚いたような顔をしてどうした?」

 その人影、身なりの良い銀髪の少年は、酷薄な笑みを浮かべながらおちょくるような声色で言った。

「あんたは、君は何者だ」トウマはわざと相手が嫌がりそうな言葉を選び、顔を下に向けて少年に向かっていった。

 少年はそんなトウマの魂胆を見透かしたように鼻で笑うと、両腕を自身の腰の後ろで組み、嘗め回すような視線を投げつけながらトウマの周りをゆっくりと回る。

「ふん、大したものだ。単独で私の船に乗り込むとは。全く忌々しい」少年は吐き捨てるように言うと、両手を軽く叩いた。すると、四方の暗闇からトウマを気絶させた長身瘦躯の黒装束の大男と寸分違わぬ姿の四人が音もなく現れる。


「これから君に尋問しようと思う。ああ、と言っても話す必要はない。どうせ知るわけもないだろうしね。これはいわば趣味のようなもの。せいぜい耐えてくれ」

 少年はトウマの前に立つと右手を挙げて合図した。

 それに呼応して、トウマの右側から拳が飛んできて、腹に深々と突き刺さる。

「ぐぅ‼」突然の衝撃にトウマは悶絶する。しかし弱みを見せまいと息を整え少年に向き直る。

「これで終わりか。偉そうな態度をとっていても所詮は口だけ、部下に丸投げじゃないか。そんなんじゃ、立派な大人になれないぞ。お坊ちゃん」

 トウマの軽口に少年は高笑いで応える。ひとしきり笑うと突然真顔になった。

「ずいぶんな余裕だな、竜騎士風情が。挑発のつもりなのか?」

 今度は左から拳が飛んできた。先ほどよりも数段強烈だ。


「だとしたら大成功だ。おい!」

 少年の怒鳴り声が響き、トウマの髪が掴まれ無理やりに顔を前に向けさせられる。

「どうだ。悪態を吐くたびにきついのをプレゼントだ。それでは尋問を始めよう。君は竜騎士か?」

「…そうだ」

「では、君がここに侵入したのは、あのラピスラズリの指輪を取り戻すためか?」

「いや、実は通りかかっただけなんだ」平手がトウマの右頬を叩いた。両側に立つ仮面の男たちは、憤慨したように足を踏み鳴らす。

「どうしてそんな言い方をする。素直に答えれば痛い目に合わずに済むのに」少年は不思議そうにトウマの顔を眺め、鼻を鳴らして質問を続ける。

「本当なら指輪は二つで一セットになっているはずなのだが、もう一方がどこにあるか知らないか」

「しら…ない」

「本当に? それは困ったな。それだと、あの要塞都市、名前はなんていった。そうラトプナム、あそこの連中に聞いてみるしかないか」

「は、ずいぶんな余裕だな。それは脅しのつもりなのか?」トウマは先ほどの少年の声の調子を真似して言った。


 目の前の敵がどれほど戦力を有しているかは不明だった。しかしトウマの竜騎士聴力は、少年の「私の船」という言葉を聞き逃さなかった。

船ということは何処かの河川だろうか、だとすればラトプナムからはかなりの距離がある。

「それならどれだけ強力な軍隊がいようとも、補給もままならず自滅するはずだ。ラトプナムの連中の敵ではない。そんなところか」


 気づくと少年の顔が真横にあった。少年は子供のそれとは思えないような笑みを浮かべ嘲笑してくる。

「なんだその顔は、まさかそれくらい読み取れないとでも思ったか」

「お前は一体」トウマは驚きで目を見張り、自分が目の前の相手を過少に評価していたことを反省した。この少年はただの子供ではない。その小さな体には収まりきらないほどの英知が内包されているのだ。


 トウマの言葉を聞き、少年は歯をむき出しにして笑顔を作った。少年はこの瞬間が好きだった。今の今まで自分を侮っていた者たちが、自身の過ちに気付きその顔を怒りや悔しさで歪ませるのを見るのが好きだった。

 だが、今回の相手は少々勝手が違った。その上等な宝石のように美しい瞳を見ればわかる。この竜騎士はこの場から生き延びる事を諦めてはいない。どれだけ痛めつけようとも、生きることを諦めてはいないのだ。少年にはそれがどうにも気に食わなかった。い

 少年はこの竜騎士の心を折ってから殺してやろうと決めた。そしてそうと決めたからには互いに対等であるべきだ。そのためにはまずは自己紹介が必要だ。


「そうだな。まずは場所を変えよう」

 少年はそう言って、周囲の部下に合図をした。トウマの四肢の拘束が外れる。両脇に待機していた二名の部下が直ちにトウマの両脇を抱えた。少年の部下はトウマよりも背が高い。その姿は、傍目から見て両親にブランコ遊びをしてもらう微笑ましい子供のようだった。しかし、抱えている連中は血も涙もなく、命すら持たない影だ。命を奪うことはできても世話など断じてありえない。


 トウマはしばらく引きずられて、その後乱暴に床に投げ出された。

「起きろ。こんな程度で音を上げるほど、竜騎士はやわではないはずだ」少年が期待を込めて言う。そしてその期待は正解だった。

 弱ったふりをする事が無駄である事を悟ったトウマは、ゆっくりと身を起こし立ち上がった。

「何が目的だ」トウマは身構えながら少年を睨みつけた。

「さっき言ったように、暇つぶしだ。私の部下と戦ってもらおうと思うんだ。ああ、もちろん君がやる気を出せるように条件を追加させてもらう。後ろを見てくれ」

 トウマはちらりと背後を見た。左斜め後ろに重々しい扉があった。

「勝てば、そこから出て行ってもらって構わない」少年は楽しそうに両手を擦り合わせ笑って言った。

「さっそく始めたいが、その前に大事な事がある。そう、挨拶だ。では私から。ドーモ、軍師のサードミナスです」少年、軍師サードミナスは両手を合わせて頭を下げて挨拶した。

「ドーモ、黒曜のトウマです」トウマは両手の平を合わせて決断的に挨拶をした。

 サードミナスの目の前の床から新たな影が浮かび上がってきた。それはサードミナスの能力によるもの。彼らの名は幻影戦士(ファントムソルジャー)影から生まれそして還る。無私の尖兵だ。

 対して、トウマはその四肢に自身の力の結晶である白銀の籠手と足甲を装着し、右腕を自身の頭の高さに掲げ、握り拳を作った左腕を前に突き出した。

 互いに殺し合いの準備は整った。ゴングも審判も判定もない。最後に立っていた者が正義なのだ‼



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