第31話 三章 十三話
トウマの消息が途絶えてから、数時間後。
陽が昇ってすぐに、アイマンたちはトウマからの連絡にあった村へと偵察部隊を派遣した。部隊は村に足を踏み入れてすぐに、その異常さに気付いた。
「誰かいたか」隊長は家屋の調査から戻った部下からの報告を聞いた。
「誰もいません。人が隠れられるような場所は一通り探しましたが、どこにも」
捜索は芳しくなかった。隊長は無駄だとわかりながら近くの家屋の扉を押し開く。家の中全体を見渡すが、どこもおかしなところはない。家族の団らんが行われていただろうリビング部分には子供のおもちゃが転がり、テーブルには水あるいはビールの入ったピッチャーが置いてある。まるで、つい先ほどまで普通に暮らしていたが、その場から消えてしまったかのようだった。
隊長は、数々の危険な任務に携わってきた。そのおかげでちょっとやそっとの事では動じないという自信があると自分でも思っている。しかし、この村の様子には只ならぬものを感じていた。
「隊長、こっちに来てください!」
部下の大声に呼ばれて、隊長は村の井戸の方へと足を向けた。近づくにつれ、むかつくような臭いが強くなってくる。幼い頃、楽しみに取っておいたおかずを炎天下で放置してしまった記憶がよみがえる。
「これを見てください」
部下に促され、井戸の縁に手を掛けて中を覗き込み、すぐに顔を背けることになった。とんでもない腐敗臭に胃から酸っぱいものがこみ上げる。それをなんとか堪えながら、再度井戸を覗き込んだ。
井戸の中は暗くよく見えない。そこで、部下の一人に家の中からランプを持ってこさせ、ロープに括り付けてゆっくりと下すことにした。
井戸に下ろされたランプが水面を照らす。水面からは、無数の白くなった手や足が伸びている。隊長は絶句した。自分の後に井戸を覗き込んだ部下たちは井戸から身を離し、あちらこちらでうめき声をあげ、自身の朝食と再会している。
隊長は懐を探り、震えながら通信機を取り出す。通信機のスイッチを入れて相手を呼び出す。コールが続く間も気持ち悪さは収まらず、吐き気が強くなる。
「こちらアイマン。調査はどうだ」通信機からアイマンの声が聞こえてくる。「もしもし、もしもし? 聞こえているのか?」応答のない通信に、通信機からの音声は心配そうな声色で繰り返し応答を求める。通信機の持ち主は答えられない。隊長は、自分の内面と向き合っている最中だった。
「も、申し訳ありません。今はちょっと、待ってくださ…」第二波が襲い掛かる。
送られてきた通信内容と撮影された映像を見た一同は口々に疑問を口にした。
「この惨状はいつ頃起こったのかわかるのか?」
「調査中です」報告を読み上げていた名も知れぬ報告官が答えた。
「では彼らの死因は?」
「調査中です」
「バグの痕跡は」
「調査中です」
「なら、一体何だったらわかっているんだ!」アイマンは我慢の限界を迎え怒鳴った。そしてすぐに心の中でしまったと自分の額を叩いた。
「捜索隊を増員して急ピッチで行っています。しかし、何も手がかりらしいものは見つかりません」
報告官の言葉に誰もが肩を落とす。
「なら、トウマ殿の痕跡だけでも見つかっていないのか。彼の連絡が途絶えたのはあの村だろう」オームが少しでも明るい展望を求めるように聞いた。しかし答えは同じだ。手がかりは何もない。
「ううむ、手詰まり、というやつか」今まで黙って報告を聞いていたために半ば存在を忘れられていた大名が口を開いた。一人を除いてその場の全員が驚く。今の代の大名がこういった場で自分から発言する事など今までなかったことだった。
大名の行動に、アイマンは驚き、オームが眉根を寄せる。そしてオームはアイマンの方を見て「どう思う?」と目配せする。それに対してアイマンは肩をすくめることで応えた。
「私が帝都に留学していた頃に聞いたことがあるのだが、竜騎士と竜騎兵には特別な繋がりがあると。カレン殿、どうだろう何かこう、わかる事はないだろうか?」
物腰穏やかに大名に問われ、今の今まで柱にもたれかかり目を伏せていたカレンが顔を上げた。肩の辺りで切りそろえた黒髪が吹き込んできた風でわずかに揺れる。
「はじめに言いますが、確かに我々竜の戦士は互いの気配を感じることはできます。しかしそれはある程度までの話。相手の思考を読み取ることや意思の疎通ができるほどの物ではありません。その点をご留意ください。そしてそのうえで言わせていただきます。我が主にして友である黒曜のトウマは生きています」
カレンの黒い瞳が輝く。周囲からの疑いの視線を感じる。当然だろう、彼女のパートナーが生きていることを証明する術はない。カレン本人も口で説明できる事ではないことはよく理解している。これは言語化できる類のものではない。いわば本能に基づく直感だ。トウマは間違いなく生きている。しかしその反応は徐々に弱くなっていた。まるで高すぎる山の頂上から下を見下ろすと雲がかかっているように、自分とトウマの間に厚い壁あるいは隔たりがあった。
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