第23話 三章 五話

 雲の少ない晴天の下、トウマたちはアルコルに先導されながら訓練施設に向かう為に市街地を歩いていた。街は活気で溢れ、威勢の良い商人の声、世間話をする女性たちや、楽しそうに遊ぶ子供たちの声で、大変な賑わいを見せていた。


 彼らの衣類は布を何層にも重ね体に巻き付けたものが主なもののようだった。基本の色は白だが、時々赤や青などの系統のカラフルな色合いのものも見かけた。湿気の少ないラトプナムの気候に合わせて通気性を確保しながらも動きやすくもある。トウマは自身の服装をもう少し考えるべきだったと後悔した。上衣は動きやすい半そでの空色のシャツだった。そこは良いのだが、問題は下だ。淡い茶色のズボンは通気性が悪く汗でぴったりと肌に吸い付いてしまっていた。その不快さは何とも言えないものだった。

 対してカレンは涼しい顔をしている。身体にきっちりフィットする黒い半そでの服に土色の裾の広いズボンと、幾分かは風を取り込んで汗を引かせるのに役立っているようだ。


「ここら辺の住居は一体何で出来ているのですか? 先ほどの庁舎は石と鉱石で作られているようでしたが、この周辺の建物の見た目はレンガのようにも見えまずが」カレンは街に軒を連ねるクリーム色で窓の少ない立方体の住居を興味深いといった様子でアルコルに尋ねた。

「よくお分かりですね。ええ、砂漠だとどうしても木材が手に入りにくい。なので、日干しして作ったレンガでこうして家を建てています。自分も昔はよくレンガ作りを手伝いました」アイマンは懐かしそうに笑い、過去の幼き日を思い出す。


 興味深そうな目であたりを見回しながら、カレンは更にラトプナムの風土や文化についてアイマンに質問し続けた。

(はじまったよ)トウマは不快な気分を少しでも和らげるために、カレンの変わった趣味の話に耳を傾けることにした。トウマには建材や建築技法の事などさっぱり理解できなかったし興味もなかった。だが、黙り込んだまま暑い日差しを受けて歩き続けるよりはましだった。




 そうこうしている内に、一行は隼の一族の訓練場へと到着した。

訓練所では若き隼の戦士たちが弓術の訓練を行っている真っ最中だった。矢の風切り音と的に矢が突き刺さる音が訓練所に木霊する。


「みんな、一度手を止めてくれ」アルコルが威勢よく言った。それに従い戦士たちがアルコルの方を見る。

「こちらの方々は君たちの訓練の為に帝都から来てくださった、トウマ殿とカレン殿だ。短期間だが、良い勉強になると思う。帝都式の戦い方をよく学んでもらいたい。誰か質問のあるものはいるか」

 気の強そうな短髪の女性が手を上げた。

「私たちは帝都の方々と違い、銃ではなく弓を使います。失礼ですがあまりにも扱う物が異なりすぎて、教えていただけることはないと思います」彼女の周りの人間もクスクスと小声で笑う。


「お前たちっ!」アルコルはそんな仲間をたしなめようとした。それをトウマが止める。驚くアルコルにいたずらっぽく笑いかけると、顎をしゃくった。見ると、カレンが若者たちの前へと歩みでるところだった。


 カレンは目の前の彼らの態度を微笑ましく思った。

 彼らは若者特有の万能感と傲慢さに支配されている。自分たち以上の戦士は存在しないと言わんばかりの態度に加え、自分たちは代々この砂漠の地を守り続けている一族の血を引き、戦士団の一翼を担う存在だという自負が、それに拍車を掛けている。

それは狭い井戸の中を世界のすべてだと誤解しているに等しい認識の狭さだ。少し上を見上げれば限りない空が広がっているというのに。


「こちらお借りしても?」カレンはそう言うと、一番屈強な男が手に持っていた大きな弓をその男から受け取った。そして弓に張られた弦を慎重に外すと、弓の限界まで弦を張りなおした。カレンの背後でひそひそ声が聞こえる。これでは弦の抵抗が強すぎて、ろくに矢を発射することも難しい。

只でさえ隼の戦士が使用する弓は普通のものとは異なり、三百メートル先の敵をも射る事を想定した特別製の弓なのだ。たとえ訓練用といえども妥協はない。だが、それ故に一射放つだけでも多大な筋力を要求される。弓矢を扱うため何代にも渡ってその身を改造し続けて来た隼の一族の中でも、その威力を余すことなく発揮できるものは一握りに限られている。


 カレンは深呼吸をして、百五十メートル先の円形の的を見据えた。左足を前に出して半身に構え、矢をつがえて弦を引き絞った。その彫刻のような鍛え抜かれた全身の筋肉が、矢を放つための準備を整えた。黒いシャツの背に背筋の素晴らしい刻印が浮き上がる。

 そしてカレンは弓矢を解き放った。矢は鋭く風を切って的の中心に吸い込まれた。控えめな歓声が上がる。カレンは続けて三本の矢を放ち、先ほどの人の胸部ほどのサイズをした小さな的に更に命中させた。

 その見事な弓の腕に、観客たちは驚きの声を上げた。自分たち以上の弓の腕を持つよそ者がいるとは思っていなかったのだ。若き戦士たちはその意識を変革させる時が来たようだ。


 そうして訓練が本格的に開始された。カレンは弓術の指導を、トウマは三十人を相手にした組手を行った。歴戦の強者に戦士たちは次々とのされ、そのプライドを容赦なくへし折られていく。アルコルはその阿鼻叫喚の光景を離れた場所で眺めながら、一人高みの見物を決め込む。




 ぽっかりと時間の空いたアルコルは、近くにあった弓矢をおもむろに手に取った。そして数度弦を引いて感触を確かめると的を見る。距離は先ほどのカレンより少し短いくらいの距離だ。


 周囲に誰もいない事を確認したアルコルは、左手で弦を引き、素早く四本の矢を放った。一本目が的の中心に突き刺さった。そして二本目が一本目の矢筈に命中して芯を真っ二つに割く。三本目が同じように二本目の矢筈に命中した。続いて四本目も到達した。四本の矢は寸分たがわず同じ場所に命中したのだ。

「鈍ったな」

 だが、この奇跡的な技を成功させた本人の反応はいたって淡泊なものだった。彼にとっては、そう難しい事でもないようだった。




 厳しくも有意義な三時間があっという間に過ぎ、そうしてその場に立っている者はトウマとカレン、そしてアルコルの三人だけとなった。

 適度の運動を行い、気分転換をしたトウマとカレンはこれからの動きを相談した。予定では、この後にトウマたちには仕事は無い。翌日までの自由時間だ。


「そろそろ食事にしませんか、トウマ」カレンが自分の腹をさすりながら提案した。

 カレンの言葉に、トウマは自分の胃袋が空になってきていることに気づいた。昼食を取らず、飛び込みで訓練を施していたので食事の暇がなかった。そろそろ限界だ。

ラトプナムの食事にも興味があった。この土地特有の食事ができればよいのだが、どこに行くのがいいだろう。


 そんな事を考えていると、ちょうどアルコルが近づいてきた。彼ならば良い食事処の一つや二つ知っているだろう。早速、彼におすすめの場所を聞いてみることにした。

「アルコル、どこか食事できる場所を知らないか?」

「すみません、気が利かないで」アルコルは申し訳なさそうに頭を掻く。そして少しの間考え込んでから、表情をパット明るくさせた。彼は二人を思い出の場所に案内することにした。









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