第21話三章 三話

  ラトプナム中央庁舎


 トウマとカレンがラトプナムに到着後すぐに参加した会議は、およそ会議と言えるようなものではなかった。


「これは、予想よりだいぶ酷いな」議場の入口すぐ横の壁に寄りかかりながら、トウマは小声でつぶやいた。ラトプナムに到着してすぐに、この城塞都市を代々守護する二つの部族に紹介しようと、ラトプナムの大名が参加を取り計らってくれた。そのため、トウマと相棒のカレンは先ほどから行われる無意味な争いを見せつけられていた。


「見てくださいトウマ。おそらく右側のグループが獅子の一族でしょう。噂に違わず、皆あなたに負けないくらいに濃い黒髪ですよ」トウマは視線を右にやった。カレンの言うように、その場の獅子の一族のグループはみんな黒髪だ。それは彼らにとっても誇らしいものであるのか、肩の辺りまで伸ばされた黒髪にはアクセサリーが付けられていた。


「発掘調査には反対だ!」

 甲高い怒鳴り声がして、トウマたちはそちらを見た。声の主は、議場の左側に陣取る隼の一族のリーダーと思われる鋭い目つきの男性だった。


「そう声を荒らげなくてもいいだろう、アイマン。それに、調査隊は帝都のアカデミーが発行した許可証やら一式を不備なく用意している。我々が止められるようなことではない」

 獅子の一族のリーダーは幾分か冷静なようだった。だが、その言葉の端々には、そんなこともわからないのかと、言外の嘲笑が込められていた。


「オーム、誇りを誓約を忘れたのか? 我ら隼の一族も、お前たち獅子の一族も、この砂の大地を守るのが使命のはずだ。それに、砂に埋もれたものをわざわざ掘り起こすなど、アッ=ラヒームの祟りが起こるぞ!」

 アイマンと呼ばれた隼の一族のリーダーは、自分たちの歴史に並々ならぬ誇りを抱いており、信心深い性格のようだった。


「忘れるものか。だからこそだ。この調査が行われて、過去の歴史を蘇らせることができれば、風化しかけた使命を再び確かなものにできるかもしれないのだぞ」方法は違えども、オームもまた使命とやらを遂行しようとしているらしい。だが、保守的なアイマンと進歩的なオーム。そう簡単に歩み寄れるものではないようだ。


 議論は更に過熱する。肩身の狭そうな様子で会議を見守る大名を尻目に互いを貶し罵り合う。もはや議論の体をなしてない。


「双方もう充分に意見をぶつけ合ったのではないかな? そろそろ客人の紹介をするとしよう」居心地悪そうに縮こまっていた大名が意を決して会議の終わりを告げた。オームとアイマンの冷たい視線が大名を射抜く。だが大名も負けてはいない。わずかな勇気を振り絞り、声を張り上げた。

「そちらのお二人が、ラトプナムの戦士たちに帝都式の戦い方を教授していただくためお呼びした、竜騎士のトウマ殿とその従者カレン殿だ」


 その場の全員の視線が一斉にトウマとカレンに向いた。唐突な異邦からの来客を値踏みする視線がトウマたちの全身に突き刺さる。カレンは規則正しく無駄のない動作で一礼する。その隣のトウマもゆっくりと一礼した。カレンと比べて僅かに野暮ったさが残る動作だ。かしこまった場でのかしこまった動作は、トウマの数多い苦手な事の一つだった。


「では、彼らにラトプナムを案内してほしい。どちらか頼めるだろうか」

 大名の命令が予想外だったのか、アイマンとオームの表情がわずかに歪んだ。そして互いに視線で相手に客人の面倒をみるように訴えかける。ほんの一瞬、無言の攻防が行われる。そして、膠着した状態を解消するため、オームが先に打って出た。

「大名様、我々獅子の一族は、現在帝都からの遺跡調査隊の護衛の任務を受けているため、先に隼の一族の教練をお願いしたいと思います」


 先手を打たれたアイマンは慌てて反対しようとしたが、遅きに失した。大名がオームの意見に賛成したので渋々受け入れるしかない。アイマンは鼻から大きくため息をつくと、背後に控えた若い兵士に命令した。

「アルコル、あの二人との連絡係をお前に任せる。頼んだぞ」

 アルコルは短く「了解です」とだけ言った。アイマンの突然の無茶ぶりは今に始まった事ではない。上司の無茶ぶりに少しでも答えてやるのが副官の役目。それがアルコルの考え方だった。


「よし! 話は纏まった。区切りの良いところで本日の会議は閉会とする。アイマン殿、客人を歓迎して差し上げてくれ。では諸君、アッ=ラヒームの加護のあらんことを」大名は急いで会議の閉会を宣言した。その顔には安堵の表情が浮かぶ。悩みの種である二つの部族に挟まれたこの空間から解放されるのがよほど嬉しいらしい。


 議場の大扉が口を開け、同時に獅子の一族から退場を始めた。彼らは扉をくぐる前にトウマたちへと口々に挨拶をし、握手を求めた。トウマとカレンも丁重に挨拶を返す。

「獅子の一族のオームです。お二人ともラトプナムにようこそ、歓迎します」オームは人当たりよく笑い挨拶した。目尻の皺が年齢を感じさせる。大体六十歳より上だろう。他の獅子の一族と同じ黒々とした髪を後ろに撫でつけている。両方のこめかみの髪の一部がわずかに白くなっており、その他メンバーとの差異は、獅子の群れの老獪な雄獅子をイメージさせた。


 次に隼の一族が退出する。数人のメンバーが扉から出ていき、最後にアイマンとアルコルがトウマたちに挨拶をした。

「先ほどは嫌なところを見せて申し訳ない。アイマンだ。よろしく。それと、こちらの若者はアルコル。まだ若いですが有能な男です。彼があなた方の身の回りの世話を手配するので遠慮なく言いつけてください」そう言ってアイマンはアルコルに挨拶させるために一歩下がった。最低限のマナーは備えている人物のようだ。


 続いてアルコルが緊張した面持ちで二人に挨拶をする。

「はじめまして、アルコルです。いやあ、竜騎士の方々の案内役をさせていただけるなんて光栄です」

「そんなに固くならなくていい」トウマは若者の緊張をほぐしてやろうと和やかな態度で言った。それは功を奏したようで、わずかだがアルコルの肩から力が抜ける。


「もう少しゆっくり話せればいいのだが、あいにく都合が悪い。申し訳ないが、先に失礼します。では後ほど」言うや否やアイマンは後の事をアルコルに任せると、足早にその場を去っていった。アイマンを見送ったトウマたちは、アルコルの案内でラトプナムの探索をすることにした。


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