三章 甦る砂の王国
第18話 三章 プロローグ 濁流
前回までのあらすじ
帝国の竜騎士であるトウマと副官のカレンは、任務からの帰還の途中であった。滞在していた街付近の村がバグに襲撃されたと報せを受けた。村へと急行した彼らはバグを退け村人を救出する。
その後、村人のサクヤの案内でバグがやって来た山へと調査に向かったトウマたちは、山の盆地で謎の敵と出会う。敵はサクヤを捕えていた。彼女を救出したトウマたちは、村に戻るが、それを追い仮面の男ヘルメスの襲撃を受けた。
辛くも襲撃者を退けたトウマ。彼はサクヤに特別な素質を見出し、自身の弟子として引き取った。
これは、そこから三ヶ月後の出来事だ。
昔々の物語。帝国の建国よりも前、偉大なる龍と人間が契約を結ぶよりも少し前。その地は現在と変わらずの砂漠の地であった。当時のその地、現在の帝国南部の砂漠地帯は砂の王国が支配していた。
その王国の名前も、今は忘れ去られている。
分かっているのは、王国は優れた政治、文化、力を持っていた事。そして天から降臨したとある龍により、一夜にして砂に沈んだことだけだ。伝説は完全に埋もれた。歴史は伝説となり、覚えているのは無数の砂ばかり。
四十年前
その日は過去に類を見ないほどの大洪水だった。乾燥した砂漠地帯には珍しい一週間以上にもわたる降雨により、砂漠はすべてを呑み込む川へと変化した。
濁流は田畑を、家を、人を、何もかもを呑み込み続けて、その勢力を広げていく。
「姉さん! 義兄さん!」少年もまた、濁流に呑まれた一人だ。彼は姉夫婦と共に避難をしている最中だった。他に家族はいない。両親共に早くになくした少年には、姉夫婦が唯一の家族だった。しかし、その家族とも今は離れ離れだ。
「義兄さん! 姉さん!」少年は折れた家の支柱につかまりながら懸命に叫んだ。自分はここにいると、姉たちに知らせる為に。だがそれも後どれだけもつだろう。少年は川に流されながらも、かれこれ三十分以上はこれを繰り返していた。支柱を浮きしてバランスを取っているが、胸から下は冷たい泥水につかり、容赦なく体から熱を奪っていく。少年の体力に限界が迫っていた。
空から鋭い雷鳴が聞こえた。少年は空を見上げ、息を飲んだ。暗い空を背景に長く巨大な竜が体をくねらせながら飛んでいたからだ。竜が吼え、同時に空が光り、再び雷鳴が耳に届く。雷鳴が鳴り終わるくらいに竜は再び吼え、雲の隙間へと昇り、その姿を消した。
少年は呆気にとられた。そしてその結果、支柱を捕まえていた手が滑った。突然現れた竜の姿に気を取られ、手の力が知らず知らずのうちに緩んでしまっていたのだ。気づいたときには、足は激しい濁流に絡め取られ、その小さな体は水底に向かって沈み始めていた。もがきながら掴まれるものを探すがなにもない。おしまいだ。泥水に体が沈んでいく。胸、首、そして顔。顔を上げて空気を少しでも取り込もうと喘ぐ。しかし、空気を吸うよりも泥水が顔を覆う方がはるかに速い。少年は腕を、足を、ばたつかせながら、完全に沈んだ。
を
少年の目の前は暗かった。自分が今どの方向を向いているのかもわからない。肺が痛くなり、呼吸をしようと口を開閉するが、それも叶わない。手足をばたつかせ、貴重な酸素をいたずらに消費していく。
意識が遠のきはじめる中、少年は自分の身体がどんどんと水面に向かって上昇していっていることに気づいた。視線を自分の腹に向けると、誰かの腕が少年に巻き付いているのが見えた。
そして少年は水面へと姿を現した。本能的に空気を求めて口が開く。肺は泥水を吐き出し、空気を迅速に取り込んだ。
「アイマン!」男性の声がアイマンと呼ばれた少年を呼んだ。
はっ、として目を開けると、男女がアイマンをしっかりと掴み、無事な陸地へと泳いでいるところだった。
「姉さん、義兄さん」
「よかった、アイマン」姉が安心したような声で言った。泥水のせいで確かではなかったが、その目は涙を流しているように見えた。
「大丈夫、もうすぐ安全な場所に着く」義兄は前だけを見て、力強く言った。その通りにすぐに簡易的な避難場所である陸地にたどり着いた。
アイマンたちの姿を見つけた避難民たちが濁流から救出しようと、ローブを投げた。避難の誘導を担当するであろう役人がローブにつかまるように大声で言った。
「アイマン、さあ」姉がアイマンの手にローブを巻き付けた。これならば握れなくても問題ないだろう。
「姉さんたちも、早く!」
叫ぶアイマンを見て、姉夫婦は顔を見合わせ、そしてアイマンの顔を見た。
「ごめんね、アイマン」「元気でな」その瞬間、濁流が二人を呑み込んだ。
「ああ‼」アイマンは手を伸ばした。しかし彼女たちの姿は、すでにない。
泥水から引き揚げられた後も、アイマンは半狂乱になりながら泣き叫んだ。目の前で唯一の家族が姿を消した。少年にはつらすぎる事実だ。
その後、当初の予想に反して一日足らずで水は引いた。
後には破壊の痕跡と無数の砂が残された。
そして時は流れ、日常が戻った。
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