第17話 決着   ~エピローグ~

 弾丸がゲイリーの隠れる木箱の角を抉った。更に二、三発の弾丸が飛来する。ゲイリーは身を縮めてやり過ごす。

「いい加減に降伏しろ」

 ハビエルの警告に、ゲイリーは弾丸で答える。素早く物陰に隠れたハビエルには当たらない。ハビエルが撃ち返す。だが当たらない。つかの間、銃撃戦が続く。同時に弾丸が尽きる。


 ハビエルは空になった自動拳銃を脇のホルスターに突っ込み、物陰の合間を縫いゲイリーに接近する。しかし姿がない。背後に気配。ゲイリーが左手で鉄パイプを持ち殴り掛かった。ハビエルは寸前でこれを回避。左フックがゲイリーの血まみれの右腕を責めた。ゲイリーが悲鳴を上げて鉄パイプを落とす。右アッパーがゲイリーの腹にねじ込まれる。苦悶の声を漏らしたゲイリーは、そのままうずくまって胃液を吐き出した。


「さあ、これでおしまいだ」そう言うと、ハビエルは手錠を取り出し、ゲイリーの左手を掴んだ。その時、ハビエルの足元に一発の弾丸が飛来する。咄嗟に身を隠す。弾丸が放たれた方を見る。黒い戦闘服に身を包んだ男が拳銃を構えていた。

「グリムか」ハビエルは呻くように呟いた。

 ハビエルの隠れ場所に向け、更に弾丸が飛来する。グリムも徐々に距離を詰める。ハビエルは息をひそめてグリムの接近を待つ。足音が更に近づく。十分な距離まで近づいたと判断すると、グリムに飛び掛かった。グリムの拳銃が手から跳ね飛び、床を滑る。


 グリムがハビエルをコンテナに叩きつける。ハビエルは、グリムの足を踏みつけて、すぐに距離をとる。そして右でジャブを打つ。グリムがそれを躱す。構わず、更に右ストレート。それをグリムは左腕で跳ね除け、ハビエルの腹に二発のボディーブローをお見舞いした。ハビエルは一発目をしのいだが、二発目はもろにヒットした。胃液がこみ上げるのを堪えながら、グリムの顎に左アッパーをくらわせる。たまらずグリムはたたらを踏んだ。


 ハビエルは続けてグリムの胸倉を掴み、頭突きを顔面に叩き込む。グリムの鼻から生暖かい血が流れ出る。グリムは苦し紛れに右フックを放ち、その拳はハビエルの顎をかすった。

 ハビエルはめまいと吐き気を覚え、両足から力が抜けていくのを感じた。グリムの破れかぶれのフックが、脳震盪を誘ったのだった。ハビエルは力なく、その場に倒れた。


 揺らぐ視界の中で、ゲイリーがグリムの拳銃を拾い上げてハビエルに向けて構えているのが見えた。

「なにをやっている!」グリムがゲイリーを制止する声が聞こえた。ハビエルを庇おうとしているようだ。

 ハビエルは吐き気を堪え、起き上がろうと蠢く。

「邪魔をするな。こいつのおかげで計画が丸崩れなんだぞ」ゲイリーは構わずにハビエルを撃とうと撃鉄を起こす。

「止めろ! こいつは殺さない約束だろうが。勝手はさせないぞ」

「勝手はさせない? 馬鹿かお前は! 仲間にならないなら放っておけないだろうが」


 ハビエルは右腕を腰に装備したホルスターに伸ばした。手探りで目当てのものを引き抜くと、ゲイリーへと狙いをつける。しかし、視界は回り、狙いが定まらない。床に這う姿では拳銃を保持することも満足にできない。時計の針がハビエルの死へと迫る。


 ゲイリーが引き金を引いた。銃声が響き、閃光が走る。ハビエルの息が一瞬止まる。だが彼の身体のどこにも痛みはない。それどころか銃による傷すらもなかった。


 ハビエルは事態を理解できなかった。目の前で、裏切ったはずの友人がハビエルを庇い、銃弾をその胸で受け止めていたからだ。

「グリム…⁉」グリムは口から血反吐がこぼれるのも構わずに、ゲイリーに殴りかかった。銃声が更に響く。

「このぼけが!」

 その拳がゲイリーに届くことは無い。グリムが音を立てて倒れる。


「この…、馬鹿野郎‼」ハビエルは愛用の回胴型拳銃の引き金を引いた。弾丸の数など数えることもなく、ただひたすらに引き金を引いた。数発の弾丸がゲイリーの太ももを掠り、左脇腹に飛び込み、拳銃に当たる。でたらめな射撃は少なくないケガをゲイリーに与えた。


「クソっ⁉」ゲイリーは悪態をつきながら、背中を向けて逃走した。

「待て、待ちやがれ! 行くんじゃない! 戻ってこい! 絶対に捕まえてやる! くそ、待て‼」

 床に這いつくばりながら、ハビエルは叫んだ。目の前から非道な悪党が逃げていく。彼はそれを見送ることしかできない。しだいに視界が揺らぐ、まともにゲイリーを目で追うことも出来ない。意識が遠のく。視界が暗闇に支配され、ハビエルは気絶した。






エピローグ


 目を開けると、そこは白い天井だった。肺を消毒液の独特な匂いが満たす。体を起こすと、節々が痛んだ。病室の窓から差し込む光がやけにまぶしく感じる。


 ベッド上で窓の外を眺めていると、扉をノックする音が聞こえた。

「どうぞ」

 訪問者は友人のトウマとその弟子のサクヤだった。


「ようやく目が覚めたようだな」トウマは、病室に用意された椅子の一つに座りながら笑った。

「どれくらい寝てたんだ」ハビエルは顔をさすりながら、友人に尋ねる。

「一日と半分くらいだったかな」少し考えてトウマが答える。


「そっか。捜査はどうなった?」

「おおむね成功と言って良いと思うぞ。船から回収された資料やら一切合切、あれを元に捜査は大幅に進展した。壊滅もそう遠くないだろうな。ただ」

「ただ?」

「肝心のゲイリーには逃げられた。奴め、意外なことに逃げ足の速い」トウマはかぶりを振る。

「そう、か、グリムは…」

「ダメだった。お前と同じタイミングで収容されたが、治療の甲斐なくな」

 トウマの答えにハビエルはただ頷いた。


「なあ、ハビエル。彼に何があった。彼の身体には激しく争った形跡があった。それと同じような傷がお前にも。まるで二人が戦ったように俺には見えたんだが」

 ハビエルはしばらく無言でトウマを見た。頭の中で記憶の取捨選択が繰り返され、新しい事実が形作られる。真実を知るのはハビエル自身とグリム、そして逃走したゲイリーの三人だけだ。他は知る由もない。

「いや、グリムは僕のことを庇ってくれたんだ。おかげで命拾いした。それだけだよ」

 トウマがハビエルの瞳を見つめる。心の奥底を見透かそうとしているような目だ。

「うん。そういうことにしておこう」満足そうに頷くと、トウマは立ち上がった。

「じゃあ、俺たちはそろそろ行くとするよ。最後まで手伝えなくて悪いが、こっちもそこそこ忙しいからな」

「十分すぎる手伝いだった。ありがとう」

 二人は固い握手を交わした。

「またな」

「ああ、また。今度お礼をさせてもらうよ」

「ふふん、期待しないで待ってるよ」そう言うと、トウマは病室の扉を開けて出て行った。サクヤもそれを追いかけようとして、一瞬止まった。そしてハビエルの方に振り返り、深々とお辞儀をしてから病室を後にした。


二人を見送ったハビエルは、もうひと眠りする為にベッドに潜った。久々の休暇だ。体を癒す時間はたっぷりとある。







   数か月後


冷たい雨が、地面に倒れる数人の男たちのまだ温かい体から熱を奪っていく。周囲の仲間はそれを気にする暇もない。今まさに自分自身の命が奪われようとしているのだ、死んだ仲間に構う余裕はない。


暗闇に溶け込むような黒いフードの男に、彼らは一斉に襲い掛かる。厚い雲の切れ目から指した月光がフードの男が握る刀の刀身を照らし、瞬く間に男たちを切り裂いた。一切の血も脂も、その刀身には残らない。


 フードの男は歩みを進める。刀を握る手に力がこもる。


「なんなんだお前は⁉」目の前で護衛が次々と倒される光景を見せつけられたゲイリーが叫んだ。情けなく地べたに尻餅をつき、必死に後退する。

「お前は一体!」


「この顔を忘れたか?」フードの男は静かにそう言うと、フードを外した。彼の顔は傷だらけだった。痛々しい無数の傷跡が雨に晒される。

「エッグマン。生きて、いたのか…」ゲイリーは息を飲んだ。殺したはずの男が目の前に立っている。幻覚かなにかだと思うのが普通だろう。だが、目の前に立つ男は正真正銘のエッグマン本人だ。


「借りを返しに来た」エッグマンは刀を逆手にして掲げた。

「待て、悪かった。好きなものをくれてやる。だから命は」

「問答、無用‼」

「待て、待ってくれっ⁉」

 刀が閃く。エッグマンは渾身の力を込めてゲイリーに刀を突き立てた。肉を切り裂く感触が手に伝わってくる。充足感がエッグマンの心を満たす。

更に、突き刺さったままの刀を回転させ、念入りにゲイリーにとどめを刺した。


「玉座は、俺がもらう」

 刀を引き抜いたエッグマンは暗闇へと溶け、その場を去った。後には凄絶な戦いの痕跡だけが残された。


 狂気を内包した彼は一体どこに向かい、何をしようというのだろうか。

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