第8話  2章2話

 五年前


「今日はお祝いだ!みんな、飲んで騒いでくれ」

 その日、西都の新興ギャングは、故郷である貧民街の人々をパーティーに招いた。

 貧民街の人々は一生に一度あるかないかのご馳走に齧り付き、浴びるように呑み、楽器を演奏して踊り、盛り上がった。

 その姿を満足そうに見て回る、スキンヘッドにスーツの男がいた。

「あ、エッグマン兄ちゃん!」男の子がスキンヘッドの男の足に飛びついた。

「よお、いっぱい食べてるか?」エッグマンと呼ばれた男は笑いながら少年の頭をなで、歩きだした。

 次に、中年の女性たちに呼び止められた。『エド! かわいいおチビちゃん』女性たちはかわる代わるにエッグマンを抱きしめる。

「ママ・コスタ! みんなよく来てくれたね」エッグマンは女性たちと軽く会話し、「楽しんで」と言い残して、また歩き出した。

 会場の誰もが、エッグマンを見ると笑顔で挨拶してきた。彼の仲間や家族は、親愛を込めて、ニックネームで呼び、彼もそれを許している。

「よう、エド!」「まあ、エッグマン!」「久しぶり!」「おめでとう‼」

 声を掛けられる度に彼も笑顔で返す。エッグマンは誇らしい気分だった。


「それじゃあ皆、パーティーはまだまだ続く。存分に楽しんでくれ!」彼の言葉に、会場はより一層盛り上がりを見せた。


 エッグマンは静かな所で一息つこうと、会場から抜け出した。

 潮風が顔を撫でる。物思いに耽る時はいつも、よく晴れた夜空だった。

 懐からタバコとマッチを取り出す。タバコを咥えてマッチで火を灯した。タバコを一息吸うと、肺が煙に満たされる。灰を落としつつ、背後の歓声に耳を傾ける。

 賑やかな音の数々が聞こえるたびに、多少の後ろめたさはあるものの、この仕事を始めて良かったと思った。


 エッグマンの商売は簡単に言ってしまえば、貴重な品物を売る仕事だ。だが、貴重というのはかなりオブラートに包んだ表現で、最近では麻薬がメインの商品だった。それでも、彼はどちらかと言えば、善良な部類の人間だ。証拠に、麻薬は私腹を肥やした貴族や金持ち、中間層から上の連中にしか売りつけておらず、女子供には絶対に売らなかった。それは仲間たちにも徹底させている。

〈これで終わるつもりは無い〉彼には野望がある。恐らくは、この世界に身を置くものが必ず一度は抱くだろう野望が。


 エッグマンことエドワード・グッドマンは、西都に留まらず、果ては帝国全体の裏社会を牛耳るゴッドファーザーに成り上がって見せると、背後の家族たちに誓った。




 二年前


 エッグマンは、麻薬王ゲイリーの事務所の一つで、彼が来るのを待ちながら、ふと考えた。

 がむしゃらに仕事を続けていると、時間が経つのがあっというまに感じる。実際に時間の流れが個人によって変わるかは不明だが、少なくともエッグマンはそう思っていた。

 

 彼と仲間たちのギャングは数年前に比べ、その数を増やしていた。弱小から徐々に力をつけ、上位の組織と提携を繰り返しながら、その地位を向上させてきた。

 簡単なことではない。なにかトラブルがあるたびに、率先して解決に動き、上位組織の面子を潰さぬように注意しながら活動した。時には少なくない犠牲を払いながらも、力をつけ続けたのだ。

 そして今日この時、ついに西都の裏社会の頂点と直接見える機会が巡って来た。これはまたとないチャンスだ。ここを乗り切れば更なる躍進が望める。

 エッグマンは座っているソファーから今にも飛び上がりそうな体を抑えつけ、興奮を表に出さないようにしながら王を待つ。

 いかなる時も冷静沈着にどっしりと構える。それが頂点に立つ者の態度だとエッグマンは考えていた。

 扉が開く。ようやくのお目見えだ。エッグマンはスーツのしわを伸ばしながら立ち上がった。


「待たせて申し訳ない」麻薬王ゲイリーはでっぷりとした自分の腹を撫でながら、部屋に入って来た。

 歯が見えるように笑いながら握手のために手を差し出す。露骨なつくり笑顔は、きっと前歯一列の純金の金歯を見せつけたいが為に行っているのだろう。

 エッグマンも笑顔で返しながら、その手を握った。



 一時間後、ゲイリーとの話し合いが終わり、エッグマンは足早に車へと戻るところだった。

 未だ超高級品の部類に入る乗用車だが、彼の今の地位からすれば手に入れるのは造作もない。

 エッグマンの姿を認めた運転手として車内で待機していた副リーダーのポンが、車から下りて、扉を開けてくれた。

 車に乗り込むと、エッグマンは深く息を吐いた。

「その様子だと、あまりいい結果じゃなかったか?」浅黒い肌に平たい顔の男は、バックミラー越しにエッグマンを見て尋ねる。

「わかるか」

「お前は何か考えているとき、決まって唇を巻き込んで、眉間にしわが少し寄る。分かりやすいよ」

 エッグマンは、この男には頭が上がらないと思った。ポンは人種的な特徴で若く見られがちだ。だが、実際はエッグマンたちのグループの中では最年長で、昔からみんなのまとめ役だった。ギャングを立ち上げた時から、補佐役としていつも支えてくれた。確か今年で三二歳になるのだったか。


 車が走り出した。エッグマンは、窓に肘をつきながらゲイリーとの会話を思い出した。

〈あの狸親父。輸入ルートの使用に縄張りでの商売で、売り上げの四割をよこせだと? 俺たちのグループの名前で商売して良いなどと恩着せがましく言いやがって。結局は自分が捕まる危険を減らしたいだけじゃないか〉

 ぐるぐると同じようなことを考えながら、窓にうっすらと映る自分の顔を見ると唇を巻き込んでいた。

〈そんな直ぐに癖が抜けるわけもないか〉自分の間抜けな顔を見て笑いそうになり、なんとか堪える。

 エッグマンは家に戻り次第会議が必要だと考えた。状況は刻一刻と変化し、これまで以上に成り上がるのは難しくなるだろう。より一層、気を引き締める必要があった。



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