2章 スラムキング

第7話 2章1話 半年前

 帝国の西側に位置する、西都。海に面したこの土地では、いくつもの港が建設され、海運による貿易が盛んにおこなわれていた。

 そして帝国の財政の三割を支えている存在は、同時に様々な犯罪組織が暗躍する危険な鉄火場でもある。人身売買、麻薬、売春、汚職、不正な輸出入など様々な事件が起きていた。

 そして、そのような犯罪を取り締まるため、帝国貿易調査管理局は存在した。



 港の外れにある所有者不明の倉庫に向かうトラックの荷台に揺られながら、ハビエルは愛用の拳銃の動作確認をしていた。拳銃は回胴式の旧型で連射には向かないが、故障のしにくさと、威力の高い口径の弾丸が使用できる点が、ハビエルは気に入っていた。

「まったく、相変わらずそんな旧式を使っているのか。いい加減に自動式に更新したらどうだ?」捜査に同行している特殊部隊の隊長のグリムが、ハビエルをからかった。

「良いんだよ。僕はこの確かさが好きなんだ。ロマンってやつさ」ハビエルは恒例となったグリムのいじりをあしらいながら、肩に吊るしたホルスターに拳銃を滑り込ませた。

 グリムとは十歳ほど年齢が離れていたが、二人は幾度となく捜査で協力し、親友と呼べる間柄だった。

 ハビエルは目的地に到着する前に、目的を再確認した。

「今回の目的は港の外れにある倉庫だ。名義こそ合法な企業だが、本当の持ち主は麻薬王ゲイリー。この倉庫は国内の麻薬流通の拠点の一つだ。現場を抑えることができれば、壊滅に近づく。心してかかってくれ」


 トラックが港に到着した。荷台からボディアーマーに、ライフルやショットガンを装備した、10名の覆面の特殊部隊員たちが次々と降りてくる。その様子を見た労働者たちは、唐突に現れた物々しい集団に驚きながら次々とその場を離れた。

 部隊は縦に隊列を組み、二手に分かれて倉庫へと向かう。目的の倉庫に着くと、ハビエルたちは声もなく身振り手振りのみでやり取りをして突入に備えた。

 グリムが二人の隊員を扉に配置した。合図があり次第引き開け、他のメンバーが突入する手はずだ。

 ハビエルは唾をごくりと呑み込みながら拳銃を握り直し、顔を上げてグリムを見る。目が合った。二人は声を出さずとも視線で意思疎通ができる程、一緒に仕事をしてきていた。

 突入の先頭に立つ兵士が腰のポーチから、手のひらに収まるサイズの円筒状の封がされた瓶を取り出した。中には透明な液体が入っている。兵士が瓶の封のラベルをはがすと、瓶の中身とラベルに刻まれていた魔術的刻印が反応して、煙が生成された。兵士が振り返ってグリムに頷く。

 グリムが合図をしたと同時に、扉を引き開けるために待機していた兵士たちが勢いよくトビラを開け、突入の先頭に立つ兵士が速やかに瓶を投げ入れた。

 瓶は放物線を描きながら倉庫の中心へと飛び込んだ。中にいる男たちの注意は、勢いよく開けられた扉に向いており、瓶には気づかない。瓶はそのまま倉庫の床に着地して砕ける。瞬間、瓶の中身である白く濃い煙が倉庫内に充満し、激しい拍手のような爆ぜる音を響かせた。

 男たちは視覚と聴覚の二つを制限され激しく混乱し、状況が呑み込めず呆然となる。

 音が鳴りやむと、間髪いれずに部隊が突入する。「帝国貿易調査管理局だ!」「その場で伏せろ!一歩も動くな!」男たちは逃げることも戦うことも出来ない。隊員たちが次々と倉庫内を進み、ものの数分で制圧が完了した。

 ハビエルも拳銃を構えながら中に入る。背後から隊員が一人同行してくる。

 倉庫内は、ハビエルたちが乗って来た大型トラックが六台は余裕で入るほどの広さで、連中の所有物と思わしき木製の箱や金属の箱が雑多にあちこちに積み上げられている。それらをどかせばもっと広いかもしれない。

 さらに奥へと進む。そこには書類の置かれたデスクや、男たちがここで日常的に生活していたことを示す痕跡があった。

 ハビエルは書類を手に取り流し読みした。内容は麻薬の出入りの管理や金銭の取引を記録したもののようだった。詳しく調べれば、捜査に役立つことだろう。

 物音がした。二人はすぐに銃を構えて警戒する。音はデスクの向こう側の箱が山積みになった壁のほうから聞こえてきていた。ハビエルは箱の山に近づき、音の出どころを探すために歩きまわった。そして、デスクから見て左側に扉を見つけた。扉は木箱がぴったりくっつくように置かれて塞がれている。音はここから聞こえてくるようだ。

 ハビエルと隊員は箱をどかした。木箱の中身はガラクタばかりで重要には見えない。

 扉は何の変哲もない金属製のもので、上下に一つずつ簡単な掛け金が付いており、下の方が根本から取れかかっている。修理を面倒くさがって、箱を重石として置くことにしたのだろう。

 

 扉の前に立つと音が聞こえなくなった。だが、中からは人の気配が感じられる。それも複数の気配が。

 掛け金を外し、扉をゆっくりと引き開ける。中は薄暗く、正面の壁にある小窓が唯一の光源だった。視線を下におろすと、床に五人の子供がいた。皆、八歳前後に見える。ほとんど布切れと言ってもいいほどの服に身を包んだ子供たちは、おびえながらも肩を寄せ合い壁を作りながらハビエルを睨んだ。

「もう大丈夫。僕らは警官だ。悪い奴らは捕まえたから、安心して。ほら、銃もしまった」ハビエルは拳銃をホルスターに収め、子供たちの目線に合わせ、膝をついて近づいた。

  ハビエルの態度に子供たちは顔を見合わせた。ハビエルを信じるべきか決めあぐねているようだ。

 ハビエルは何も言わずに待った。子供たちのものと思わしき荒い息遣いだけが耳に入る。そして、壁の中心になっていた少女がハビエルに近づいて口を開いた。

「お願いします。おねえちゃんを助けてください。なんでもしますから、お願い」今にも泣きそうな声で少女は懇願する。

 ハビエルは状況が呑み込めなかったが、すぐに理解させられた。

 子供たちが脇にどく。そこには、少女よりも一、二歳は上と思わしき女の子が体を丸めて倒れていた。

「誰か医者を呼んできてくれ‼」ハビエルが叫び、部屋の外で待機していた隊員がすぐさま医療班に連絡する。

 

 ハビエルは倒れている女の子を抱きかかえた。呼吸は異常なほどに早く、手足は痙攣していた。小さな体は、蓄えられた以上の水分が流れ出しているかのように発汗している。

 女の子は口をパクパクとさせて懸命に呼吸しようとあえぎ、震える手はハビエルのシャツをきつくきつく握りしめた。

「大丈夫。すぐにお医者さんが来てくれる。大丈夫だ。落ち着いて、大丈夫だから。ああだめダメだ。目を閉じるな。寝ちゃだめだ。起きて!」

 その瞬間、女の子は「ほう」と息を吐き、その体からともしびが消える。

 ハビエルは腕の中の女の子がわずかに軽くなったように感じた。


「医者はまだか!早くしてくれ‼」手遅れなのは理解していたが、叫ばずにはいられなかった。彼は、自分の腕の中から今まさに命がすり抜けていったことを認めたくなかった。何もできない自分に腹を立て、救えなかった命を悲しんだ。


 入口の方から騒がしいブーツの足音が近づいてくるのが聞こえた。医療班の足音だ。だが、助けたかった命は既にこの場から去っている。


「くそクソクソ。早くこい、早く」奇跡を願うが、それが叶わないことは理解している。それでも彼は、

「この娘を助けてくれ」願わずにはいられなかった。


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