第6話 旅たちの朝

「戦えるか?」コルスはバグを吹き飛ばすと、トウマを気遣った。

「ああ。あんたこそ、ケガは?」

「しっかり休めたからな。まったく問題ない」コルスは鼻息荒く答える。

 

 二人の竜が並び立つ。その眼前には異形のバグが二体。ここからが本当の戦いだ。二体の竜は息を合わせたわけでもなく、同時に動き出した。

 

 コルスは、角が地面に擦れるほどに頭を低くして二連装バグに突撃した。バグもそれに合わせて、砲塔を角にぶつける。


 格闘戦重視のもう一体が両腕を振り上げた。それをトウマが両腕で受け止め、コルスと距離を開けた。そしてそのまま格闘バグと組み合い、互いに一歩も退かず睨み会う。


 トウマは尻尾をバグの後ろ足に巻き付けて引いた。それによりバグの体が僅かにバランスを崩す。それを見逃さず、トウマはバグの左腕を両手で掴み、噛みついた。鋭い牙は凄まじい咬合力により威力をさらに高め、バグの腕を噛み千切る。ブチブチと音をさせながら持ち主から離れた腕をトウマは吐き捨てた。


「どうした! さっきのお礼はこんなもんじゃないぞ!」

 トウマの罵声に反応したのか、バグは凄まじい迫力で咆哮した。それに合わせて、二連装のバグも咆哮する。

 二連装のバグはコルスを押し退け、忙しく四肢を動かしながら、格闘バグへと急接近した。二体のバグが体を擦り付けあう。


「何をやっているんだ?」コルスは気味の悪いものを見たような態度で呟く。

 二体のバグの体が繋がり始め、やがて完全に融合した。バグの体は融合により、更に巨大になる。その大きさはトウマとコルスを合わせても足りないほどだった。


 バグが両腕を広げて、二人をつぶすために勢いよく叩く。二人はそれを左右それぞれで受け止めた。衝撃で強風が吹き荒れる。

この場で戦い続ければ、周りにいるサクヤたちを巻き込んでしまいそうだった。


「なあ、場所を変えないか」

「賛成だ」

 二人は、バグの懐に潜り込み、全身に力を込めて、バグを村はずれまで移動させた。ここならば、誰かを巻き込む可能性は低い。


 バグは、背中の砲塔から光弾を連射した。二人はその場を離れる、狙いがトウマに向いた。トウマは光弾を避けるために走るが、連射は合体前よりも高速になり、被弾した。

 コルスが、ハンマーのような尻尾を勢いつけてバグに叩きつけた。

 バグはよろめいたが、すぐに立て直し、反撃した。

 バグの背中にトウマが飛びつき切り刻む。バグは、うざったいというような態度で、振り払った。

 コルスが、両角をバグの腹に深々と突き刺した。バグが悲鳴を上げながら、コルスを引きはがそうと攻撃する。だが、コルスは身体が傷つくことにも構わず、さらに深くめり込ませた。

バグがコルスを掴んだ。だが、その腕はトウマの鋭利な尻尾に切断され、地面に転がる。バグは悶えながら光線を乱射した。


 トウマが、両腕をバグの大きな目玉に突き立てる。バグがより一層激しく暴れた。それを二人は何とか押さえつけ、さらに攻撃を加える。そして、ついにバグは沈黙した。


「意外と早く終わったな」仮面の男は巨体同士のぶつかり合いが終わったのを確認して呟いた。男はこの場所からすぐに退散しようと考えた。すぐにでも次の実験の準備をしたかったからだ。


 この場から立ち去ろうと振り返ると、ライフルを突き付けられた。

「これは、これは。まいったね」

 そこには、ライフルを構えたカレンと農具で武装したサクヤがいた。仮面の男が戦いの様子を見ている隙にカレンは敵の兵士たちを倒して追いかけてきていたのだ。カレンは得意げに鼻を鳴らした。男の背後からは二人の竜が近づいてくる。絶体絶命である。


「大人しくしてもらいましょう」カレンが睨む。

「こんなのはどうだろう?」男はそう言うと、姿を消した。そしてサクヤの背後へと出現して、体に手をまわして掴んだ。

「さあ、これで簡単には手が出せないはずだ。見逃してくれれば、彼女は無じに⁉」サクヤを掴んだ瞬間、男は吹き飛んだ。



 掴まれた瞬間、サクヤの胸の中心から何かが湧いて出た。それは度重なる強いストレスにより呼び起こされた、方向の定まらない力。悪にも善にも、神にも悪魔にもなれる混沌。それがいま彼女の危機を救った。

 サクヤは気絶してその場に倒れた。それを庇うためにトウマたちが前に出る。

 仮面の男はふらつきながら立ち上がり、よろよろと距離をとった。

「今日は良いところがないな。これで失礼させてもらうよ。また会うだろうから名乗ろう。私はヘルメス。偉大な錬金術を継ぐものだ。白銀の君、名前は?」

「黒曜の氏族、トウマ。そこを動くな、捕まえてやる」トウマは律儀に返答する。

 男は満足そうに頷くと、その姿を消した。後には、荒れ果てた村と死体が残った。


 トウマとコルスが人の姿に戻り、サクヤに近づく。コルスはためらいがちにトウマに尋ねた。

「このままでは、この娘は危険だ」

「わかっている。誰かが使い方を教えるべきだ」

 トウマの頭にあるアイデアが浮かんだ。良い結果になるかは不明だが、このまま放置するよりは、だいぶマシだろう。


 トウマはサクヤを抱き上げた。そして彼女にこれから降りかかる困難に思いを巡らせた。〈この娘の将来が幸多からんことを〉



 二週間後、避難した町にて


「それじゃあ、行ってきます」サクヤは、村の住民たちと老婦人に別れの挨拶をした。望んでいたことだが、いざ現実になると寂しい。そんな複雑な気分だ。


「サクヤちゃん、体調には気を付けてね。余裕ができたら手紙をちょうだい。たまには帰ってきてね」

「うん、無理を言ってごめんね。ありがとうばば様。それにみんなも」

 村の住民たちがサクヤにそれぞれ声をかける。同年代の子どもには涙ぐむ者もいた。



 別れを済ませると、サクヤは歩き出した。後ろは振り返らない。決意を鈍らせたくはなかったから。

 辻馬車の停車駅に向かうと、トウマとカレンが待っていた。

「もういいのか?」

「はい、お二人ともこれからよろしくお願いします」サクヤは深々と頭を下げた。

 馬車が到着する。サクヤの足取りに躊躇はなかった。

 彼女は希望の一歩を踏み出した。


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