第5話 タッグマッチ

「本当は止めて欲しかった」

「それでも私は」


 トウマは服を着替えた後、カレンを探して村を歩き回っていた。盆地へと攻撃する件について意見を聞きたかったからだ。 

 ようやく見つけたかと思えば、サクヤとカレンが神妙な顔をして話していたものだから、なんとなくすみに隠れてしまった。ここで見つかれば何を言われるかわかったものではない。


 だが、サクヤのことが気がかりなせいか気づけば、二人の会話に聞き耳を立てていた。聞こえてくるサクヤの声は、山に向かう前の活発な少女と同一人物とは思えないほどに悲壮感に満ちていた。

 二人の会話が終わり、少しの間沈黙が続く。タイミングを見計らい二人の前に顔を出そうとした時、複数の馬のいななきが聞こえてきた。


〈なんだ?〉

 馬は本来とても繊細な動物だが、今この村にいるのは戦いのために育てられ、訓練された、勇猛果敢な軍馬たちだった。普段なら、ちょっとやそっとのことでは動じない。だが、今回は事情が違うようだ。


 山の方から、風を切る音がした。その音は山から上空そして村へと放物線を描き、そして爆音と地響きが村へと到来する。砲弾は、トウマのいる位置からさほど離れていない場所に落ちた。


 カレンがサクヤの手を握りトウマへと駆け寄ってくる。

「トウマ!攻撃ですか!?」

「分からない、とにかく戦闘用意だ」

「ねぇ、ねぇ!あれなに!?」サクヤが二人の体を叩きながら、山の方を見るように促した。そこには何十という数の血のような色の火の玉が夜の闇に浮かんでいた。


「伝令に伝えろ!町に早馬を出せ」トウマは無数の火球を見た瞬間に、この場で交戦するという選択肢を捨てた。完全に虚を突かれた今の状態では、戦ったとしても大勢が倒れることが分かりきっていたからだ。自分がしんがりとなり、兵士たちの退却を助けるために残るつもりだった。トウマの指示で、伝令の兵士たちは馬に飛び乗り町に向けて次々と走り出した。

 荷馬車の準備をしていた部隊から悲鳴があがる。そこには犬型のバグが三匹、兵士たちを攻撃していた。


 兵士たちが走り回るバグを遠ざけようと、満足に狙いもつけずに銃を乱射する。だが、バグたちは難なく回避し、分担しながらそれぞれの兵士の足首に噛みつき、分かれるようにして物陰へと引きずっていった。三人分の悲鳴が四方から聞こえてきたが、少しするとそれも止んだ。そして、残った年若い兵士は銃を構えながらバグがどこから襲ってくるかと周りを警戒する。先ほど消えていった三ケ所の物陰からは音一つ聞こえない。彼の耳には遠くからの銃声と自身の唾を飲み込む音しか聞こえなかった。


 背後から物音がした。咄嗟に振り向くが何もない。安心して再び視線を前にやると、前方から大口を開けたバグが飛び掛かってきていた。咄嗟にライフルを横に持つ。バグの鋭い牙がライフルに食い込み、彼はバグの飛び掛かった勢いで、背中を地面に打ち付けた。だが、ライフルを持つ手の力は決して緩めない。ここで力を抜けば、顔をめちゃくちゃにされる。もがいていると急に腕が軽くなった。そして襲ってきたバグは勢いよく飛んでいき、地面に何度かバウンドすると動かなくなった。


 トウマは、兵士に噛みつこうとしているバグを蹴りあげた。硬いが弾力のある感触がして跳ね飛んでいく。背後からバグが二匹攻撃してきた。トウマは直ぐ様振り返り、右のバグの大口に籠手を装着した腕をねじ込み、そのまま左のバグへと叩きつけ、左の拳でまとめて二匹の頭を砕いた。あちらこちらから銃声と声が聞こえる。暗がりから更に五匹姿を現す。巧みな連携で攻撃してくる。だが、それを難なく回避すると、乱打でバグを倒した。


「いや、お見事」金属同士が擦れる音の混ざった拍手が物陰から聞こえてきた。

「誰だ!」トウマは腕を前に構え警戒しながら、声を張り上げる。

 声の主が姿を現した。あの盆地にいた仮面の男だ。男は無防備に腕を広げて、トウマに近づいてくる。


「君を見た時からただ者ではないと思っていた。だが、まさか竜騎士とはね。今日は君で二人目。実に幸運だ」男はトウマを指さし笑う。

「別に貴様を喜ばせるためにここにいる訳じゃないんだがな」

「ふふん。違いない」


 トウマは男に掴みかかり、地面に投げた。しかし、手応えを感じない。

「ずいぶん乱暴じゃないか。落ち着いてくれ。君に提案があるんだ」男はこのまま殺されても不思議ではないというのに余裕の態度を崩さない。トウマは、この態勢のまま男をあちこちに引きずり回そうかと一瞬考えたが、男の話とやらに少しでも状況を打開できる要素があればいいと思い、様子を見ることにした。

〈くだらない話なら、すぐに息の根を止めてやる〉


「まあ、もう気づいているかもしれないが、彼らバグを仕向けたのは私だ」

「何のために」

「一言でいえば試験だよ。君が今朝倒したものも、試作品の一つだ」トウマは背中に砲塔を背負った奇妙なバグのことや、盆地で守衛たちが話していた、あと二体のバグがいるという話を思い出した。仮面の男の言葉が事実なら、バグの制御に成功していることになる。トウマの認識ではバグは決して思い通りにできず、すこしでも刺激すれば徹底的に攻撃してくる。災害のような、生物のような何かだった。とても信じられないことだ。


「そして、君には試作品の性能実験に付き合ってほしい。協力してくれるね?」男は当然の事だと言うような態度だ。

「そんなことをして、こちらに何の得がある」トウマの問いに、男はため息をつきながら、渋々というような態度で、トウマの背後のカレンとサクヤがいる方を指差す。トウマが振り返ると、カレンたちが数人の赤ローブの兵士にライフルを突きつけられて拘束されていた。トウマは表情には出さなかったが、いつの間に接近されたのかと驚いた。


「君が協力してくれないなら、彼女たち含めこの村にいる君の仲間には、全員死んで貰うことになる。協力してくれるなら、試験の間は大人しくするし、終わり次第ここから消える。君一人が犠牲になって全員救うか、あるいはその逆か。竜騎士なら選ぶまでもないと思うが」男の声色からは嘘をついている気配は伺えない。


 トウマは、敵から竜となって戦えと言われることは大変な屈辱に感じた。だが、男の提案はその屈辱を受けても、なお魅力的なものだ。トウマは荒ぶる心をなんとか落ち着かせる。断る理由はない。トウマはただ一言

「いいだろう」とだけ言った。


 その言葉を待っていたとばかりに、どこからともなく二体の大型バグが姿を現した。バグたちの体表は暗く、普通の人間ならばその子細を伺うことができないほどに、その体表は闇に溶けている。だが、竜騎士はわずかな光をその眼球で増幅して、闇夜を昼間とそん色なく活動することができた。


 トウマはその暗視能力を活かし、バグを観察する。一体は昼間に倒したものと良く似ていおり、砲塔が口径の小さい二連装になっている以外は、まるっきり同じだった。もう一方は四肢が肥大しており、一見すると武器を持っているようには見えなかった。バグたちはトウマが向かってくるのを待つようにその場に佇む。

 

「…の中より現れろ。光の中より現れろ。光の中より、現れろ!」トウマは深呼吸をして唱える。その言葉は、竜騎士が竜へと変じるためのキーワードだった。呪文に呼応するように胸のペンダントが震える。風がトウマに向かい流れる。トウマは一歩踏み出し、足に風が絡み付く。風の勢いは更に強くなり、全身を包む球体となる。球体は大きさをどんどん増していく。そして、風の球体は弾け飛び、中から竜が現れた。


 その鱗その爪は一点の曇りもない白銀の盾であり矛だった。その瞳は明けの明星のごとく輝いていた。

 トウマはその巨躯に空気を溜め込み、一気に解放する。そして強烈な咆哮が村を包んだ。

 サクヤは全身がビリビリと震えるのを感じながら、トウマの変身した竜を見て興奮した。なんと格好がいいんだ。なんと美しいのだと。銃を突きつけられているのを忘れてしまうほどに、彼女にはその光景が衝撃的だった。


 二連装バグが射撃を開始した。トウマは素早く横に避けて、狙いがつけられないようにジグザグに動きながら接近する。バグの射撃は二連装となっていることで、連射能力が向上しているようだ。狙いが外れても即座に照準が修正され、砲弾がトウマを追いかける。トウマは射撃のわずかな合間を縫い、更に接近する。そして二連装バグへと腕を振り上げて飛び掛かった。トウマの爪がバグの砲塔の一つを切断し、その下の顔と前足を抉った。


 追い討ちしようとすると、尻尾をもう一体に掴まれた。振り払おうとするが、バグの力は通常の個体よりも強力だったため、そのまま地面に何度も叩き付けられ、そして水平に勢いよく投げられた。トウマは冷静に空中で姿勢を変えて着地する。バグがその太い前足を振り上げて追撃した。トウマは咄嗟に前足を交差して防御しながら、刀のような尻尾を鞭のようにしならせながら、攻撃するバグの腹に何度も突き刺した。バグが悲鳴を上げる。だが、その攻撃の勢いは弱ることはなかった。むしろ、より荒々しく強力になる。


 トウマの体が攻撃の衝撃で地面に沈み始めた。早々に攻撃に転じる必要があったが、一瞬でも防御を解けば、そのまま叩き潰されることが予想できた為、動けなかった。


「ほらほらどうした。帝国の竜騎士はそんな程度かね!」仮面の男が挑発してきたが、そんなことに構っている余裕もない。


 膠着した状況を打破しようと周囲を観察していると、視界の端から何かが飛び出した。

 それは、真っ直ぐにトウマに覆い被さるバグへと突撃してきた。

「我こそは、偉大なる人民の盾!共和国の戦士。ロングホーン氏族、コルス!」

 鋭く太い双角の竜は名乗りあげた。

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