第4話 送り虫

 銃声が盆地に鳴り響く。サクヤの体が緊張に支配された。恐る恐る自分の体のあちこちを触るが、どこも何ともなかった。

 サクヤを撃とうとしていた男が赤いローブをより赤くしながら地面に倒れる。何が起こったのか。


 サクヤが呆然とその光景をみていると、腕を掴んでいた男がサクヤを強く引き寄せてきた。謎の襲撃者から身を守ろうと盾にしようとしているらしい。


 再び銃声が響いた。腕を掴んでいた男がばたりと倒れる。サクヤは男が倒れるのに合わせてそのまま地面に座り込んだ。口をだらしなく半開きにしながら、エレベーターへと通じる道に並ぶテントの方を見ると、小汚い猟師のような恰好の男が猟銃を構えながらサクヤに向かってきた。


 男が猟銃の引き金を引く。その弾丸はサクヤの背後へとまっすぐに向かい、悲鳴が聞こえてくる。

 男が猟銃のボルトを引く、薬きょうが地面に落ちた。ボルトを戻し、再び引き金を引く。


「サクヤ、立てるか!!」トウマは赤ローブの集団から目を離さずにサクヤの腕を掴み立ち上がらせ、そのまま背後に回らせるとテントの陰へと隠れた。


「ケガはないか」

「は、はい!あ、そのごめんなさい。あたし、こんな迷惑かけるなんて」トウマの問いにサクヤはしどろもどろになりながら答える。

「いいや、こっちこそ悪かった。とりあえず落ち着いてくれ」サクヤは胸に両手を当てて気持ちを静めようと試みたが、心臓は激しく脈打ち暴れ、落ち着く気配はなかった。今まさに命の危険が迫っているのだから無理もないだろう。


 トウマはテントの陰から敵の様子を伺った。敵は混乱から立ち直ったようで、お互いを庇い合いながら物陰に隠れたり発砲したりしていた。

 トウマの予想よりも手際が良い。ただの野盗や荒くれ者という訳ではなさそうだった。これでは少女一人を守りながらの撤退は難しい。

 そこでトウマは二手に別れることにした。


「俺が奴らを引き付ける。その間に全速力で、あのエレベーターまで走れ。そしたらカレンが上で待っているから、彼女に従い山を降りろ」

「でもそれだと、あなたが」

「大丈夫。俺一人ならいくらでもやりようはある。分かったな?」

「はい!!」

「なら走れ!」

 トウマの怒鳴り声で、サクヤは火が付いたようにエレベーターに向かって走り出した。


 そして、そこから目を逸らさせるためにトウマは敵の目の前に躍り出る。

 敵は、トウマとサクヤのどちらを優先するべきか迷った様子だった。


 そのため、トウマは敵を二人撃ち、どちらを選ぶべきかヒントを与えてやった。それが功を奏したのか、一斉に敵がトウマに向かって発砲した。      

 トウマは直ぐ様その場を離れて、先ほど隠れていたテントの反対側の物陰へと飛び込んだ。今さっき立っていた所に銃弾の雨が降り注ぐ。


 立ち止まることなくテントの合間を縫いながら攻撃し、更にそれを繰り返した。いずれも敵からは認識できない位置で、攻撃の度に揃った足並みが再度バラバラになる。


 残弾があと5発になると、トウマは敵の前に姿を晒し、サクヤが逃げたエレベーターとは異なる方向へと走った。少しでも敵を引き付けて無事に逃げられる可能性を上げておきたいと思っての行動だった。


 敵はトウマの望みどおりについてくる。トウマは隙を見せている敵に向けて発砲した。その距離は十分に必殺の距離だったが、あえて足や肩を撃ち抜く。よほどの人でなしでない限り、すぐに治療すれば助かる仲間を見捨てることはないだろう。加えて、撃たれた者たちの悲鳴は残された無傷の連中の士気にも影響を与えた。


 猟銃から最後の一発が発射されると、トウマは近くの敵に投げ槍のように猟銃を投げつけた。

 投てきされた銃はライフルを構えていた敵の顔面へと飛び込んでいき、敵は首から下を前に投げ出しながら仰向けに勢いよく倒れた。


 転がったライフルを直ぐ様拾い上げ、敵の集団に向けて弾倉が空になるまで乱射する。そして、敵が物陰に隠れて様子を伺っているのを確認すると、エレベーターに向けて走り出した。


 サクヤはエレベーターに向けて一目散に走った。背後には、騒ぎを聞き付けて集まってきたフードの連中がいた。銃声が散発的に聞こえてくる。脳内はアドレナリンに支配され、ただ走ることしか考えられない。トウマの無事を願う余裕すらなかった。


 エレベーターまでおよそ数十メートルの距離まで差し掛かった。だが、そこに思わぬ妨害が入る。テントの陰から人が姿を現したのだ。止まることも避けることもできず、サクヤはその人影に突進して、共に地面に転がった。手のひらは擦りむき、鼻にツンとした感覚がくる。サクヤは急いで立ち上がろうとした。だが、左足が動かない。


 みると、足首をがっしりとした太い指に掴まれていた。何度も振り払おうとする。体の向きを変え、右足で腕の主の肩を何度も踏みつける。だが、びくともしない。サクヤの足を掴んだ男はサクヤを引き寄せるようにして馬乗りになり、生暖かい息が顔にかかる。男の体は大きく、そして重く、まるで牡牛のようだった。暴れるサクヤの顔を男が掴み、男は下品に口を歪ませる。とても嫌な予感がした。

 銃声が近くで響いた。すると、男の身体はびくりと震え、仰向けに倒れた。サクヤは男の体を退かす。男の死体の脳天から血液とプルプルとしたピンクの物体が漏れだしているのが見えた。


「早くこっちに!」女性の声がして振り返ると、エレベーターにショートの黒髪をした女性が待機しているのが見えた。手にもった猟銃からは、まだ煙が上がっている。サクヤは彼女のおかげて命拾いしたようだ。


 サクヤはカレンの待つエレベーターまでようやくたどり着いた。

「さぁ、行きましょう」

「それだとあの人が」

「トウマなら大丈夫です。今はあなたを守るのが先決ですよ」カレンはさして心配でもないという態度で、サクヤの背中を軽く押して先を促した。二人がエレベーターに乗りこみ、今まさに上昇のいためのボタンを押そうとすると、


「おーい!」と声が聞こえた。見ると、資材の間を身を低くしながら進むトウマの姿が確認できた。どうやらトウマとカレンの想定とは異なり、敵の追跡を振り切ることができたようだ。

「早かったですね」

「連中、急に追うのをやめたみたいだ。嫌な感じがする。すぐにでよう」トウマはカレンの冗談に取り合いもせずにエレベーターの上昇ボタンを押した。



 トウマたちは峠に戻ってきた。サクヤは張詰めていた緊張の糸がきれたようで、道の真ん中に座り込んだ。目にはじわりと涙が浮かぶ。


「腰ぬかしたか。じゃあ失礼してっと」トウマは座り込むサクヤを抱きかかえた。

「え!? えっと、重くないですか?」

「軽いもんだよ」サクヤは自分の顔が赤くなるのがわかった。彼女の重ねた14年という短い歳月で、抱きかかえられるなど始めての経験だった。喜びが心を満たしていく、そして、自分にはこのようにしてくれる家族がいない、という寂しさが心の隅っこに燻っているのもわかった。


「そういえば、自己紹介してあったかな」「バタバタしてましたからね。やり直しましょうよ」「そうだな。じゃあ改めて、竜騎士ドレイク黒曜の氏族のトウマだ。よろしく」

「私はカレン、彼の相棒で、竜騎兵トルーパーです」

「サクヤ、サクヤです。あっ、村に住んでます。はい」サクヤの自己紹介に二人は顔を見合わせ「花が似合いそうな名前だ」

「ええ、ほんとに」と面白そうに言い合った。



 その姿を、犬型のバグが草むらの中から伺っていた。バグは主人の命令に従いじっと身を伏せて、目標であるトウマたちを見つめ続ける。


 目標が動き出した。だがそれほど早くはない。そろそろと草むらから草むらへと移動しながら捕捉は続く。任務に支障はない。常に付かず離れずの距離を維持する。攻撃が始まれば、自身も甚大なダメージを受けるが、そんなことはきにしなかった。


「主任、ビーコンが目標を捉えました。いつでもいけます」部下の報告を受けたリーダーの男は少し考えて、口を開いた。

「いや、彼らが何者なのかを知りたい。恐らくは麓の村に集まってきた兵隊連中の関係者だろうが、もしかしたら思わぬ大物も釣れるかもしれないぞ」

 リーダーの男は部下の目も気にせずに楽しそうに笑い声をあげる。これから行う事とそれによってもたらされる破壊の光景を想像すると笑わずにはいられないのだ。

 彼は狂っていた。




 トウマたちが村につく頃には、陽がまさに今、沈もうとしていた。トウマは、サクヤを抱えたまま医療テントに向かった。

「それじゃあ、頼む。すぐにここを出ることになるだろうから、手早くな」

「お任せください」

 衛生兵にサクヤを託すと、トウマは直ぐ様作戦本部となっている家屋へと向かい、兵士たちの指揮官に撤退の進言をした。


 トウマは、攻撃するにも調査するにも、想定外の事態が多いため、作戦の練り直しが必要だと考えたのだ。そして、その進言は了承され、三十分後には町へと撤収することとなった。村人は全員すでに避難しており、護衛が必要なのは、隣国の竜騎士のコルスと村人のサクヤだけだ。衛生兵に聞いたところ、コルスはすでに出歩いているようなので、ほぼ心配はないだろう。どちらかというと問題はサクヤの方だ。彼女は二度の危機に晒された。心に傷を負っているとも限らない。


 そこまで考えてトウマはハッとした。他人の心配をしている自分がいることに驚いたのだ。こんな事はずいぶんと久しぶりだった。〈あの娘とは何か縁がありそうだな〉




〈すごい。どこも無茶苦茶になってる〉サクヤは、倒壊した家屋の柱だったものに腰掛けて、兵士たちが撤退の準備をしているのを眺めていた。その膝には包帯が巻かれて、手のひらは消毒の後には何もせずにそのままだ。手当てをした衛生兵から絶対に触るなと釘を刺されていた。まあ、握り拳をつくるとヒリヒリとした痛みがするので自然と開いていることになるから、言われるまでもないのだが。


 太陽はとっくに沈み、あちこちにかがり火がたかれている。サクヤも今日の朝までは、ここを窮屈な村だと思っていたが、こうして変化を目の当たりにすると、ずいぶんと広く感じた。


「こんばんわ、サクヤ」カレンが声をかけてきた。サクヤを救出した時とは異なり、その姿は軍服をカジュアルにしたような濃緑色の服に、体の左側にはアーマープレートが装着されているといういで立ちだ。


 カレンはサクヤの隣に座った。

「カレンさん」

「もうすぐ出発ですけど、大丈夫ですか?」サクヤは少し悩んでから話し出した。

「あの、聞いてもいいですか」

「私にわかる範囲でなら」

「竜騎士の人たちって、やっぱり色んなところに行ったりするんですか?」カレンは言葉を選びながら口を開く。

「そうですね。私たちのような竜騎士なら、今日のように各地からの要請で西から東へとよく飛び回りますね」

「どうやってなれるんですか」カレンの表情がわずかに引き締まる。

「どうして、どうしてなりたいんですか?」その声には柔らかな調子の中に、わずかに緊張と呆れが含まれていた。

「あたし、この村を出たいの」

「それなら、首都にでも出て働けばいい。夢を壊すようで申し訳ないですが、竜騎士になるのはとても狭き門。正直に言うと、きもちのいいことばかりではない。特別な思いや目的がないならやめた方が良い。ご家族も、村の方々も反対するに決まっています」カレンは語気を強めながらも務めて冷静に話す。


「私には家族なんていないし、心配してくれる人もいないの」カレンはしまった、というように顔をしかめた。

「では、あなたを引き留めていたご婦人は」

「あの人はあたしを拾ってくれた人。あたしたちが隠れていた祠、あったでしょ?そこで拾われたの。ほんとはね、あの時みんなにとめてほしかったの。いくな、危ないから一緒に避難しようって。別にみんなの事が嫌いなわけじゃないけど、やっぱり寂しいなって。ここだって恵まれてるわけじゃないから、いつかはここを出なきゃいけない。それなら何か意味のあることをしたい、あたしが生きてる証を残したいんだ」


 正直、カレンは同情した。こんな子供をなんども見てきた。救えるなら救いたい。それでも、「それでも、わたしは反対です。サクヤ、あなたの気持ちにこたえてあげたい。でも、これだけは譲れない」

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