第3話 紅い錬金術師

 トウマたちはサクヤの案内通り、峠に到着した。太い木々は青々とした葉っぱをつけて立ち並ぶ。しかしその景観を損ねるように、所々土は抉れて、木が倒れていた。

「そもそも盆地なんてホントにあるのかね?」トウマが独り言のように呟く。

「さあ?まあ地形なんて天災に戦闘などでしょっちゅう変わりますから、あり得ない話でもないでしょう」二人は峠の道の両側の森を別れて探索することにした。


 トウマはしばらく周辺を歩き回った後、木にもたれ掛かろうとして、勢いよくしりもちをついた。なにが起こったのかと見ると自身の体が木の幹と一体となっていた。痛みはない、というよりなんの感触もしない。後ろを見てみると、そこに先ほどまで見えていた木々はなく、代わりに突貫工事で整備したらしき広い道があった。


「カレン」

「何ですか。うわ、足が喋ってる」

「バカ言ってる暇があるか、こっちだよ」カレンはクスクスと笑い、トウマの上半身の側へと入ってきた。


「へえ、偽装用のホログラムですか」カレンが感心したような態度で木々を投影したホログラムを眺める。

 偽装用のホログラム技術は、いまだ発展途上の技術と言えた。本物らしさを追求すればそれらしくすることは可能だが、その代わりに維持費がとてつもなくかかるのだ。隠したいなら道に丸太や枝を置き、暗幕でもかけておけばいい。ホログラムを設置したのが何者であれ、高度な技術と豊富な資金力を持ち合わせていることは確かだった。ちょっとした違和感も許さないといった感じで、よほど道の先にあるものを見られたくないらしい。


 二人が道を進むと、さほどの時間もたたずに道が途切れ、工事現場にあるような簡易的なエレベーターがあった。エレベーターに近づき、下を覗くと盆地が形成されている。盆地の周りは森がぐるりと円環状に囲んでいて、中はかなり広く、カーキ色のテントが乱立していた。まばらに人の姿も見える。


 呆気に取られているとエレベーターが動きだした。二人は慌ててその場を離れて、エレベーターからみて斜め左の背の高い草の茂みに身を潜めた。


 エレベーターからドタドタと足音させながら赤いローブをまとった男が三人出てくる。二人はライフルを担ぎ、一人は手に鎖を持ってその先には狼のような体躯の虫が繋がれていた。男たちは下品な笑い声を上げながら道を進み、茂みに隠れるトウマたちに気付く素振りもなく峠の方向に姿を消した。


 トウマたちは、ゆっくりと這いずりながら盆地をよく観察できる場所へと移動した。その場所からは盆地全体が見渡せて、エレベーターも監視できた。カレンが望遠鏡を取り出した。カレンが盆地を偵察しているあいだ、トウマは周囲を警戒する。カレンは観察した事をメモに書き留めていく。


 それによると盆地の中は、十字路で大きく4つの区画に別れているらしい。それぞれ大型の無骨な倉庫のような建物に、そこに通じる道にはテントが配置されている。トウマたちから見て、北側と東側の建物が人の出入りは多いようだ。


「トウマ!見てください!」カレンが慌てながら望遠鏡をトウマに渡し、人の出入りが少なかった西の区画に続く十字路の道を指差す。


 トウマは望遠鏡をその方向に構えてのぞき込んだ。赤いローブの男たちが、誰かを西の区画に連行しようとしている。連行されている人物は激しく抵抗している。何事か喚いているようで、男たちは顔をしかめたり耳を塞いだりしている。


 その人物は体つきからして十代前半くらいの少女のようだ。後ろでまとめたポニーテールには見覚えがある。少女が振り返り顔が確認できた。その少女は、先ほどトウマたちを道案内した村の住人であるサクヤだった。


「何をやってんだ、あいつは」トウマが呻く。道案内させるときに誰か護衛をつけるべきだったと後悔した。しかし、仮に護衛がいたとしても、この結果はさけられなかっただろう。今はむしろ、謎のローブ集団が、サクヤを比較的に丁重に扱ってくれていることに感謝するべきだ。


「どうしますか」カレンが指示を仰ぐ。だが、言葉とは裏腹にカレンはトウマがどのような命令を下すのか、すでに理解していた。


「決まってる。あの娘を助けるんだ。頼りにしてるぞ、いつものように。」そう言うと、トウマが茂みを離れ、カレンは猟銃を構えて救出を援護するための後備えとなる。


 トウマは、エレベーターの近くの崖から周囲を伺う。エレベーター側の区画は資材置き場か何かになっているようで、死角が多く、侵入には最も適していると言えた。


 下に人がいないことを確認すると、トウマは3メートルはありそうな高さの崖から飛び降りた。なんなく受け身をとり着地すると、素早く物陰に隠れ、肩に背負った猟銃のボルトを操作し弾丸が装填されているか確認した。装填数は5発、予備は10発。古い銃だが、人間相手ならば問題はない。トウマはなるべく身を低く、足音を殺しながら動いた。


 資材の陰から西の区画に続く道が安全か確認すると、赤いローブの守衛が二人いた。両方ともこちらに背中を向けている。どうやら、外からの侵入を全く想定していないらしい。その注意は、人の出入りが多い北側と東側に向いているようだった。守衛たちの動きを把握しようと聞き耳をたてていると、話し声が聞こえてきた。


「そういえば、クレインの班の試作品はどうなったんだ。たしか朝に出ていったろ」大柄な守衛が、隣の細身の相棒に尋ねた。

「聞いてないのか?C-3型は、麓の村を攻撃して竜騎士に破壊されたらしいぞ」

「まじかよ。おれ、そいつが竜騎士を倒すのに賭けてたんだよ」

「アホかお前は。やっぱり時代は砲撃タイプより純粋なパワーだよ」

「いやいや、残りの二つは俺が賭けたやつよりも弱いかも知れないぞ?」守衛たちの会話する声が、徐々に遠のいていく。

     

 トウマは歩みを進めながら、先ほどの守衛たちの言葉を整理した。彼らの言葉を信じるなら、村を襲った大型の虫は竜騎士を倒すことを目的にしており、しかも竜騎士を一人満身創痍に出来るだけの力を持ちながらもいまだ試作品らしい。更に悪いことに同じようなのが後二体は存在するようだ。


 トウマは今すぐにでも、この盆地をめちゃくちゃにしてやりたいと思った。あの連中のまるで遊びのような態度に酷く腹が立っていた。しかし荒ぶる気持ちは押さえつけなければならない。


 西の区画に到達したが、サクヤの姿は確認できない。しかたなくトウマは後ろを振り返り、盆地の上の茂みから見張っているカレンに、どこに行ったのか身振り手振りで尋ねた。カレンが小さく、西の区画の奥を指し示す。普通の人間ならば見えない距離でも、二人は難なくやり取りができた。それは竜騎士とその従者の特徴の一つだ。


 カレンの指示に従いテントが立ち並ぶ道を進み、区画の奥にある建物の入り口付近でサクヤの姿を見つけた。

〈もうすぐだ〉トウマは足音を立てないようにしながら小走りで距離を詰める。着実にその差は縮まる。だが、思わぬ邪魔が入る。前方のテントから男が出てきた。その差は互いが手を伸ばせば触れあえそうな位のすぐ近くだ。

 男があくびをしながらトウマの方を見た。その瞬間、男の表情が固まる。口はだらしなく開いており、全くの想定外の状況に呆気にとられているのは明らかだった。 

 トウマは迷うことなく男の顎を小突いた。目がぐるりと回転し白目を向き、足の力は抜けて、男はその場で倒れる。トウマは音を立てないように男を受け止めると、テントの中へと引きずっていった。念のために猿ぐつわをして手を縛る。これならば目覚めてもしばらくは無力なはずだ。


 トウマは、テントから出ようとして足を止めた。男が身に着けていたであろう赤いローブが乱暴にベッドに置かれていたからだ。トウマはこのローブで変装しようかと少し考えた。変装をすればある程度は堂々と行動できるだろう。だが、それだけだ。得られる成果よりもリスクの方が大きいと考え直し、そのまま進むことにした。今必要なのは無謀な大胆さではない。素早さと冷静さだ。


「ふざけんな!とっとと離して!」サクヤは羽交い締めにされながら、目の前の男に蹴りをおみまいした。男たちはこのじゃじゃ馬をどう扱ったものかと悩んでいる。サクヤは今にも折れてしまいそうな心を必死に奮い立たせて、男たちを口汚く罵った。これで事態が好転するとは考えてもいないが、何もしないよりかは良いのではないかと思ったのだ。


「やぁ、諸君!いったい何事だい?」サクヤを囲む男たちを分けいりながら、豪華な装飾品を身に付けた男が現れた。顔の上半分を覆う仮面には目の周りに金が縁取られ、赤のローブには金の刺繍、そして最後に見事な細工の施された金色に輝く籠手と、周りにいる赤ローブの男たちが地味に思えてくる程の出で立ちだ。

 サクヤは直感的に、この男がこの場のボスだと理解できた。


「いやはや、私の部下が無礼を働いていたようで申し訳ない」人をおちょくるような胡散臭い男の声が仮面の下から聞こえてくる。

「それで君は?麓の村のお嬢さんと聞いているが、この山で何をしていたのかな?」

「別に、村に怪物が出たから村で猟師を雇って狩りを頼んだの。それで狩りをするっていうから、山の道案内をしてただけ」サクヤは声を最大限に押し殺して答えた。厳密には猟師ではないし、雇ったわけでもない、一人は巨大な爬虫類に変身するが、おおむね間違いではないだろう。


「あぁ! なんという事だろう!それは実に申し訳ない事をした!!」男は口に両手を当ててわざとらしく驚いた。

「実は、我々は科学者でね。ここ数週間この土地で実験をしていたんだ。そしてちょっとした手違いがあって、実験動物が逃げてしまった。ああ、謝罪の言葉もない。後日、しっかりと弁償をさせていただくよ」芝居がかった態度で男はつらつらと言葉を紡ぎ続ける。サクヤはそれを聞きながらただ黙っているしかなかった。男のユーモラスに振舞おうする態度とその合間に漏れ出す妙な圧が、サクヤの第六感を刺激する。


「そこの君、彼女を村までお送りしてくれたまえ。今度は丁重に扱いたまえよ」男は話したいことをすべて話し終えたようだ。部下の一人をサクヤにつけ、村へと送り出した。


 サクヤは本当に帰れるのかと驚いた。部下の男がサクヤの腕を乱暴に引っ張る。サクヤはエレベーターの方向をむいてそろそろと歩きだす。時々ちらりと後ろを振り返ると、リーダーの男がヒラヒラと手を振ってくる。そして、サクヤがあと数メートルで各区画を繋ぐ十字路へ到達しようという時、リーダーの男は部下にぼそりと呟いた。「あの子供を撃て」指示された部下は素早くライフルを構え、サクヤへと引き金を引いた。

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