第2話 山から虫たちがやってきた 後編
金属同士が擦れあうような音をさせながら、大型の
そして、祠の入り口に何かが降り立った。それは一連なりにも見える白銀の鱗の鎧に覆われていた。起伏の少ないその姿は鋭い槍か刀のようにも見える。
白銀の竜は蛇のようにシューシューと音を発して、太く長く鋭い尻尾を地面に叩きつけ、バグを睨みつけた。小型のバグが5体、竜を取り囲むように近づいてくる。竜の尻尾が消える。そして次の瞬間に小型のバグたちは竜のその鋭い尻尾で貫かれた。それは串焼きめいた姿だった。竜が串刺しにした死体を大型のバグに投げつける。それをバグは大口を開けて丸のみにして咀嚼する。
<何をやっている?>竜はいぶかしんだ。彼の経験上、同族を捕食するバグというものに心当たりはなかった。
ここで彼の名を紹介しよう。彼の名は、万里を駆ける閃光、偉大なる黒曜の末裔またの名をトウマ。この村の調査に派遣された竜騎士だ。
トウマは身をぎりぎりまで伏せて、バグの出方を伺った。バグは身体を震わせる。地面にこすりつけた腹が徐々にしぼんでいく。それに合わせて背中が盛り上がり皮膚が裂けて砲塔が出現した。
トウマは、黒光りする砲塔のような物の、そのアンバランスさに驚きを隠せなかった。そもそもあれがどのように機能するのかも不明だ。下手に動けば命を落とすことになるだろう。いかに戦うことを喜びとする竜騎士であるトウマでも無駄死にはごめんだった。
バグはその四肢の鋭い爪を土に食い込ませ、トウマへと砲門を向ける。トウマは撃ってくるなら避けて接近してやろうと、いつでも動けるように息を整えて、じりじりと体の位置を調整する。そして、砲弾は轟音と共に高速で発射された。
結果を言えば、砲弾はトウマを仕留めることも、村人たちの隠れる祠へと行くこともなくトウマの右斜め後ろの木々の方へと着弾した。
トウマは自分の体の頑丈さに感謝し、見通しの甘さに怒った。
それは偶然が生んだ幸運だった。トウマは身を低くしていたため、砲弾を斜めに受ける形となり、当たる瞬間にその固くツルツルとした鱗が砲弾を滑らせたのだ。しかし、砲弾の速度は予測をはるかに超えていた。次も同じことをしても、命を落とすことになるだろう。
トウマは全身の鱗を逆立たせて咆哮した。すると、始めに四肢が、続いて頭、そして全身と、トウマの体は景色に溶けた。
すかさずバグが砲弾を発射する。だが、地面を抉るばかりでトウマに当たった気配はなく、バグは彼を見失った。バグの左前の木が強く揺れ、その幹には四本指の竜の足跡が刻まれる。バグがその場所に向けて発射する。だが当たらない。同じように周囲の木々を踏み台にして跳ねる音が響く。バグは更に発射して木々をなぎ倒す。だが当たらない。そしてバグの体に衝撃がきた。
トウマは他の竜に比べて小柄だ。翼のない竜と揶揄されることもあった。だが、その素早さに透明化能力はそのことが問題にならない程の有用な個性だった。小柄な体には他の大柄な竜に勝るとも劣らないパワーと爆発力が秘められているのだ。
〈これだけ近ければ当てられないだろ!そのおもちゃを剥いでやる!〉
トウマはバグの背中に飛び乗ると、砲塔を何度も叩きひしゃげさせ、砲塔とその主を繋ぐ接続部に鋭い爪と太い尻尾を捩じ込み、力任せに引き剥がした。
甲高く耳障りな音を鳴き声のように響かせて、バグが悶える。
めちゃくちゃに走り回り振り落とされそうになるが、なんとかしがみつく。
そして鋭い尻尾を伸ばしバグの一つ目に突き立てた。
赤い目が絶叫と共に砕け、速やかに機能を停止したバグは前のめりに地面に転倒した。
トウマも投げ出され、激しく視界を回転させる。なんとか受け身をとり全身を土まみれにして止まった。体中がズキズキと痛むが、それよりも視界が勢いよく回ったことによる気持ちの悪さの方が問題だった。
吐き気を堪えながら周囲を確認する。もう襲ってくる敵もいないようだ。大型のバグはさっきの一体のみの様子だ。小型のものはカレンが始末してくれたのだろう。
トウマはちらりと村人たちが隠れていた神木を見た。ただ一人を除いて、皆身を寄せあっておののいていた。そのただ一人の少女は恐怖心よりも興奮や興味が混ざりあった顔でこちらを見ていた。
3時間後
トウマたちが村人を救出した30分後、町からの援軍が到着した。援軍の兵士たちはトウマやカレンから状況を知らされると直ちに作業に移った。まず、祠で仕留めた大型のバグはそのままにしておき、道中に遭遇した小型のものはその大型と同じ場所に集めて調査を行いやすいようにした。
村では無事だった家屋を中心に簡易的なテント群が一時間たらずで設営され、村人たちを収容していた。
トウマは、村の様子を確認しながら歩いた。複数のテントの下で村人たちはこれからの身の振り方を考えているのか、肩を寄せあって話している。時折、トウマのことを見るものもいたが、皆すぐに目を伏せて気づかぬふりをした。トウマがその目になにも感じなくなったのはいつ頃だろう。彼ら市民にとって竜騎士は、守護者であると同時に恐ろしい圧政者という二つの側面を持つのだ。
キャンプはバグたちがやってきた岩山の近くに位置する村に設営されており、危険ではないかとトウマは思ったが、あともう少しすれば村人を町へと避難させるための護衛部隊が出発するとのことなので、しぶしぶ了承した。
その後カレンと合流すると、二人は医療テントに向かった。道中では担架で運ばれる男性、腕を三角巾で首から吊った子供などとすれ違った。負傷者は優先的にここを離れる。他の村人たちも、今夜は温かい食事と静かな寝床にありつけるだろう。
テントの幕をめくり中に入る。中には数台のベッドが並び、テントの右奥のベッドを除いて空になっていた。その一台に横になっている男性に二人が近付く。腕や足に添え木をあてられ全身に包帯を巻かれたコルスは、身動ぎすることなく目だけで二人を見た。
「調子はどうだ、コルス殿」トウマの問いにコルスは目を泳がせて、口を開こうとした。口からは痛みにこらえるようなうめき声が漏れる。トウマは無理をするなと手で遮ろうとしたが、コルスが掠れた声で喋りだした。だが、その声はとても小さく、トウマは顔と顔が触れあう距離まで近付く必要があった。
「…山の盆地にいる。カル…」コルスは言葉の途中で呻く。「カルト?」コルスはなんとか頷いた。さらに聞き出そうとすると、テントに衛生兵が入ってきた。そしてコルスに質問しているトウマたちを見るなり、テントから連れ出した。
「何を考えているんですか!患者は今とても危険な状態なんです。いくら竜騎士といえども、無理をさせれば町への移送まで持たないかも知れない」トウマはなおも食い下がろうとしたが、「衛生兵として、こと負傷者の健康面に関しては私に権限があります」という言葉に、ぐうの音も出ず、トウマはしぶしぶ引き下がった。
テントから出ると二人は今後のことについて話し合った。
「さて、これからどうします?彼の言葉に従って山を登りますか?」
「カルトがなんとかと言っていたからな。そこが心配だ。出来れば情報を収集しておきたいが」
そんなことを言っていると、一人の若い兵士が駆け寄ってきた。兵士は敬礼すると、木の枠に入ったクリスタルを渡してきた。カレンがそれを受け取り、クリスタルに
「あ、映った。トウマ、カレン、二人とも聞こえてる?」気さくな調子で話すホログラムに映った女性は、トウマたちの直属の上司である司令官だった。端正な顔立ちと勇猛さで知られた人物だ。彼女は薄紫の髪は三つ編みにして前へ垂らしていたが、ホログラム映像の荒らさのせいで、首に蛇を這わせているようにも見えた。
司令官は今回の事件に関しての報告を求めて連絡してきたらしい。
トウマたちは敬礼をして、起きた出来事や情報を説明した。報告を聞き終えた司令官は、少しの間に無言で思考を巡らせると、彼らに命令を下した。
「わかったわ。それでこの後なのだけど、貴方たちには山の偵察をしてもらおうと思うの」
「偵察ですか?では、自分が今から、」司令官はトウマの浅慮に呆れたかのように首を横に振る。「竜に変身して山を登ろうと思ってるでしょうけど、それは止めて。共和国も今頃、そのコルスとかって騎士を探してるでしょう。もし何もなくて、彼らと鉢合わせになんてなったら後が面倒だから、」「だから?」
「徒歩で向かってちょうだい」トウマは顔をしかめた。その顔を見てカレンは吹き出して笑った。
通信が終わり、トウマはうんざりとした気分だった。司令官の言い分は理解できた。いくら協力関係とはいえ、隣国の竜騎士が両国の境の山にいるなど、侵攻のための斥候と捉えられてもおかしくない。竜騎士とはそれだけ強力な存在なのだ。
トウマたちは、山へと登るための準備を始めた。村人から服と猟銃を貸してもらい、狩人に変装する。どこからどう見ても竜騎士には見えない。しいていえば、二人とも狩人というにはこざっぱりしているくらいだろう。
猟銃は古くボロボロで、武器としての性能は虫には対抗できそうにない程度だ。変装道具として割り切るのが賢明だろう。
準備が整うと、村人のいるテントに向かい山の峠までの道案内をしてくれる人を募集した。地元の人間なら近道を知っているかもしれないと期待したのだ。
だが、みんな顔を見合わせたり危険すぎるから行きたくないと言うばかりだった。それは当然だろう。あんな危険な目にあって、さらに危険な目にあうかもしれない場所に行きたい人間はなかなかいない。諦めてテントを出ようとすると手が上がった。その主を見ると、茶髪の髪の毛をポニーテールにした十代の少女、トウマがバグを倒した時にその様子を見ていたサクヤだった。
〈ずいぶんと、好奇心旺盛な子のようだ〉
サクヤの名乗りに老婦人が反対する。
「だめよ!サクヤちゃん!バグがやって来た場所にわざわざ行くなんて、絶対にダメ!!」
「大丈夫だから、お願いばばさま」サクヤは精一杯の愛想を振り撒いて懇願した。そこにカレンが助け船をだす。
「ご婦人、その子には途中までの道案内をお願いするだけなので、危険は少ないかと思います。もし、危険なことがあっても我々が責任をもって守りますので、ねえ?トウマ」トウマもしぶしぶ肯定する。なんでもいいから早く仕事を済ませたかったのだ。
「わかった、わかりました。じゃあホントに気をつけてね?あんまりおばあちゃんを心配させないでね。お二人ともこの子をどうかお願いします」老婦人はサクヤの説得に折れた。そして、トウマたちに深々とお辞儀をすると、サクヤを送り出した。
三人が山を登る。峠へ通じる道はバグたちが通った後で、めちゃくちゃになっていた。サクヤの案内で近道だが少し危険な岩の積み上がった場所を行くことにした。サクヤが言うにはこのまま、まっすぐ行けば、峠へと着くらしい。
「それじゃあこの辺で十分だ。道案内助かった、ありがとう」そう言ってトウマは僅かだが駄賃を手渡した。サクヤは名残惜しそうにしたが、二人に促されてその場を後にした。
その姿を見送ると、トウマたちは積み上がった岩を登り始めた。
二人と別れたサクヤは、バグたちの破壊の痕跡を眺めながら坂を下った。退屈な村では見られない光景に胸が踊った。ゆっくりとしたペースだが、このままなら夕暮れ前に村に戻れるだろう。
そんなことをして足元を疎かにしていると、石につまずき転んでしまった。ケガはなかったがヒザが少し痛んだ。ヒザをさすりながら辺りを見る。すると、坂の抉れていない場所にチラチラと赤いものが見えた。妙だと思い近付く。
そこには血のように赤いローブをまとい、おかしな仮面を着けた集団がいた。傍らに猟犬のように四つ足で犬のようなバグを従えている者もいる。サクヤのさきほどまでの楽しい気分は吹き飛んだ。呼吸が荒くなる。すぐに村にいる兵隊にしらせようと振り返る。だが、その背後には同じように赤いローブをまとった人が立っていた。
ローブの人は叫ぶサクヤの首に手を回し、彼女を拘束した。それに気付いた他のローブをまとった者たちも近付いてくる。サクヤはありったけの力をこめて叫んだ。村の人々、あるいはあの竜騎士たちに届くことを願いながら、力いっぱい叫んだ。
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