竜の鎧(仮題 村娘が竜騎士に引き取られて立身出世)  三章 甦る砂の王国(休止中)

銀次

1章 山から来るものたち (プロローグ)

第1話 山から虫たちがやってきた 前編

 サクヤは息を弾ませながら走った。村の狩人から森にお使いを頼まれていたためだ。生意気盛りで、普段なら手伝いを頼まれても素直に応じはしなかったが、今回の届け先は森に住む老婦人の家だったので、話は違った。なぜなら、森には大好きな神木があるからだ。

 

 足を踏み出すたびに押し返してくる土の感触が心地よかった。胸に流れ込んでくる草木の香りが気持ちよかった。

 

 走っている内に、あっという間に老婦人の家へと到着した。家は木と石で出来ており全体的に古びていたが手入れが行き届いており、あと数十年はもちそうだった。

 玄関へと近づき、木製の扉を叩く。少し待ったが応答はなく、人の気配もしなかった。


「ばば様―?」声を張って老婦人を呼ぶと、「こっちよ~、こっち」と声が聞こえてきた。

 サクヤは家の裏手にある畑に向かった。サクヤの経験上、老婦人は家の中にいないときは大抵、畑仕事をしており、数少ない例外も森に薬草を摘みにいくか神木に供え物をするくらいだった。


「いらっしゃいサクヤちゃん。お使いご苦労様」老婦人はサクヤをねぎらうと、畑の野菜を摘み取り手渡した。


 老婦人は、かつては村の男たちが毎日求婚に来るほどの器量よしだったのだという。サクヤは野菜をかじりながら、そんな彼女の年齢はいくつなのだろうと思った。少なくとも六十代は超えているはずだが、その背筋はピンと伸び、すらりとした体に透き通るような白い肌は四十代くらいにしか見えなかった。


「お昼、食べていかない?」食事の誘いに口よりも腹が先に反応した。サクヤはありがたく食事をいただくことにした。

 ズゥン‼

 

 二人が家の中に入ろうとする直前、轟音が響く。音はサクヤたちのいる森と共に村を挟む形でそびえたつ山から聞こえてきており、煙があがっているのが見えた。


 サクヤは事態が呑み込めず、老婦人の顔をみた。老婦人は、緊張した顔でサクヤの肩をつかみ、身を寄せる

「サクヤちゃん。これから言うことをよく聞いて、村の皆を神木さまの祠に集めるのよ、それもなるべく急いでね」いつになく真剣な表情にサクヤは直感的になにか良くないことが起きていることを理解した。


「ばばさま、ばばさまは?」口の中の水分が一気に蒸発したかのような口渇感がサクヤを襲う。

 「おばあちゃんは祠の準備をしているから、さあ早く」

 老婦人がサクヤの背中を押して急ぐように促す。サクヤは震える足をなんとか動かしながら村へと急いだ。




〈誰もいない。家屋は倒壊している。無事な家も慌ただしく出ていったようだ〉

 トウマは人気の無い村を調べながら、歩いていた。3時間前に、村から5キロほど離れた町に知らせがあったのだ。村の東側に位置する山から轟音と煙が上がっていると。


 トウマたちは偶々町に滞在しており、調査の先遣隊として駆り出されたのだった。

〈少しは休めると思ったんだけどな〉コートの袖についた土を払いながらトウマは思った。彼の首からは、身元を証明する竜のドクロが腕を交差したペンダントがぶら下がっている。

 背後に気配を感じたトウマが振り返る。そこには、相棒のカレンが立っていた。


「山のほうを見てきましたが、ひどい有様です。村人と思われる男性が、数名死亡していました」カレンはうんざりとした様子で、黒髪を掻き上げた。その背中には人間一人分はありそうな銃が背負われている。


「それで? 貴方の方はどうでしたか」

「ああ、こっちも似たようなもんだ。猟銃で武装した猟師たちは何かから村を守ろうとした。問題なのは、」

「その何か」カレンにセリフを取られたトウマは顎に手を当て、地面を見た。

 地面には巨大で丸みのある物体が通った跡がくっきりと残っており、その痕跡は森にまで続いていた。



 二人は周囲を警戒しながら森に踏み込んだ。その時点でトウマは違和感がした。森が死んだように静まり返っていたのだ。風に揺られ擦れあう木々の音も、鳥の鳴き声も聞こえなかった。二人は整備された森の道を更に進んだ。


 森の中頃にかかる辺りで、地面が揺れるような感覚がした。揺れは徐々に強さを増して、トウマの右手側からメキメキと木々をなぎ倒す音がした。その音はぐんぐんと近づき、そして二人の正面に飛び出した。


 頭には二本の角、水平に保たれた胴体からは翼が生えて、その尻尾の先端にはハンマーのようなコブがある。体長3メートルはありそうな竜は、トウマたちに気づく様子もなく、咆哮しながら暴れ回る。よく見ると、体のあちこちに動物のような黒いものが纏わりついていた。


 竜は纏わりつくもの振り払えず、地面を抉りながら倒れた。すると、黒い複数の物体は竜の体から回転して跳ね飛び、二人の背後に着地した。

 それはオオカミのような姿で、夜の闇よりも黒く、顔の位置には赤く発光する大きな一つ目があった。


「バグどもめ」トウマが吐き捨てるように呟く。バグと呼ばれた怪物たちが身体を震わせると、異音と共に顔部分の下側に、鋭い牙の生えそろった口が生成された。この凶悪な口で二人と竜を噛み砕いてやろうということらしい。


「後ろは任せる」カレンは銃を構えることで答えた。バグたちがトウマへと駆ける。

 トウマは一歩踏み出した。すると、四肢が光に包まれる。そして次の瞬間、その腕と足には、一対の白銀に輝く籠手と足甲が装備された。


 バグの一体がトウマへと飛び掛かった。それをトウマは、拳で叩き落とす。バグが地面に沈む。攻撃は終わらない。足を上げ、虫バグの頭を勢いよく踏み潰した。踏み潰されたバグは身体を震わせて停止した。

 仲間をやられた別の2匹のバグが、同じようにトウマに飛び掛かる。しかし、その攻撃が届くことは無い。なぜなら、カレンの銃から放たれた魔力を纏う弾丸が、バグたちの目玉を撃ち砕いたからだ。

「お礼はいりませんよ?」カレンが銃を肩に担ぎ手をヒラヒラと振った。


 敵が全滅したことを確認すると、二人は地に倒れた竜へと駆け寄った。竜は姿を消しており、代わりに倒れ丸まり呻いている男がいた。トウマは男に声をかける。男は最初、目を開くと驚き逃げようとしたが、トウマに宥められ多少の落ち着きをみせた。

「あんたらは?」男は荒い息を鎮めながら尋ねる。

「ここは帝国のはずれにある村だ。おれはトウマ、こっちは相棒のカレンだ。あんたは、共和国の竜騎士だな?」男は首を縦に振り肯定した。

「ロングホーン氏族のコルスだ」コルスの首には、湾曲した2本の角を持つ竜のドクロの銀製のネックレスがぶら下がっていた。彼は、あの山を越えた先にある共和国からやってきた。トウマは彼があの村の惨状に関わっていると直感的に理解した。ここにいる理由を今すぐにでも聞き出さなければならない。

〈事と次第によっては、〉トウマは、自分の考えている最悪の事態が現実にならないことを密かに願った


 動物の気配が失せた森を黒い物体は腹を引きずりながら移動する。

 森に逃げ込んだ人間たちの命を奪おうと、その赤い目は周囲を照らす。大型犬ほどのサイズのものたちは、主人が入り込めないような隙間を覗きこみ、時には荒らした。彼らは与えられた命令に従い、淡々と行動する。

 大型の怪物が村の神木の前を通過した。その振動で木々の枝が揺れる。


 サクヤを含む村人たちは、息を殺して怪物が目の前を過ぎるのを待った。

 彼女たちは老婦人の家からほど近い神木、その腹に自然と作られた穴にある祠に避難していた。広いとは言えないが、生き残った村人はなんとか全員隠れることができた。皆深刻な面持ちで、すすり泣く声や、この状況について話し合うひそひそ声が聞こえてくる。


 入り口には老婦人によって、半透明の光の膜が張られていた。老婦人によれば、このような膜はその人間のエネルギーと才能の次第で出現させることができるらしい。ある程度なら物質的な攻撃を防ぐことができて、静かにしていれば敵の認識も阻害して隠れることができるとも言っていた。

 老婦人は時折痛みを堪えるように胸のあたりを押さえていた。額には脂汗が浮かぶ。長くはもたないだろう。


「ばば様、大丈夫?」サクヤの心配に老婦人は問題ないというように微笑んだ。

 サクヤの服の裾が引っ張られる。見ると、サクヤよりも年下の少年が不安そうな表情でサクヤの足に寄り添っていた。


「大丈夫、すぐ終わるから」サクヤは我ながら下手な嘘だと思った。きっと少年も嘘だとわかっているだろう。だが、今はその嘘が現実になることを期待するしかない。


 その時、奥から赤ん坊の大きな泣き声が聞こえてきた。全員が凍り付く。誰かが早く黙らせろと言った。赤ん坊の母親は必死な形相であやすが、その不安を感じ取ったのか、赤ん坊は余計にその泣き声を大きくする。子どもたちが入口の方を指さし叫んだ。サクヤが振り返ると、目の前には先ほど通り過ぎたはずの巨大な怪物が、こちらをのぞき込んでいた。


 サクヤは自分の心臓が飛び出てしまうのではないかという程に驚いた。間近でみると余計に恐ろしく感じた。


 怪物が前足を振り上げて膜を攻撃する。激しい衝撃に老婦人はたじろぎ、膜は明滅して霧散する。

 サクヤを含めた全員が立ち尽くした。武器はなく唯一の出口は塞がれた状況では、それぐらいしか出来なかった。

 緊張で呼吸が早くなる。足は震えて、目頭が熱くなり涙が出てきた。もしかしたら、この危険から逃げられるかもしれない。そんな淡い期待は見事に砕かれるかたちとなった。

 怪物の赤い目が強く光る。どんどんとその強さは増し、そして

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