ライラとライル(馴れ初め)

ライラがコップに水を入れて、ライルの前に置いた。ハルワルド村は水が豊富なので、甘いはちみつ亭では飲み水は無料で提供している。

ライラ「どうぞ~」

ライル先生「ありがとう、ライラさん」


サティ「そりゃあ、ライラ様は美人だし女性の魅力に溢れていらっしゃいますから、村中の男たち全員がライラ様目当てに甘いはちみつ亭にやってくると言っても過言ではないのですけれども!」

サティがシャーッ!と威嚇する猫のようないらいらした調子の小声で言った。


サティはハルワルド村の村長の娘で、ミシアやタニアたちの幼馴染だ。

「女性の魅力は胸の大きさ」と半ば公言しているサティは、甘いはちみつ亭に遊びに来るという名目で、よくライラに会いに来ている。村で一番胸が大きいのはライラだと思っているサティは、ライラを崇拝していた。ちなみにサティの同年代では、サティの胸が一番大きい。


ミシアとタニア・タリアおよびサティは、少し離れたところから、楽しそうに話しているライラとライルの様子を見守っていた。

ライルが座っている一番端のカウンター席は、実はライラと接するには一番良い場所である。

そして、そこが指定席であるライルは、実はライラの婚約者であった。いや、ミシアたちは「婚約者」だとはっきり聞いた事があるわけではないので、勝手にそう思っているだけだったが。

それを知っているサティは、崇拝するライラがライルと仲良くするのが気に入らないのだ。


サティの言う通り、ライラの人気は高い。

しかしライラを口説こうとした男達は、皆敗北していた。ライラの独特なゆっくりした喋り方についていけないのだ。短かい時間だけならまだしも。

それが唯一障害にならない男、それがライルだった。普段から、なかなか話を聞かない様々な子供たちを辛抱強く相手にしている為だろうか。ライルはライラとも普通に会話できた。


それに、ライラとライルの馴れ初めも劇的だった。

そもそも小さな村なので、村人は――ライラとライルも――全員顔見知りだったのだが。

あるとき、村の中に入ってきた野犬にライルが襲われたのだ。こういうことは滅多にないので、ライルは無防備だった。

そこにたまたま通りかかったライラが野犬を撃退して、ライルを救った。

元冒険者であるライラにとって野犬の1匹くらいは敵ではないし、武器も持っていた――いつも身に着けている、おたまとおなべのフタだ。

実はこのおたまとおなべのフタは、料理に使うものではない。おたま型の棍棒ライトメイスとおなべのフタ型の小盾スモールシールドなのだ。

昔ミシアとタニアを守れなかったと後悔したライラは、常に武器を持ち歩くことにしていた。武器が料理道具の形をしているのは、今は料理士であるライラの茶目っ気であろう。

(ちなみに、「ライラのおたまとおなべのフタが活躍した」とミシアたちが聞いたことがあるのは、今のところライルを救った話だけだ)

このとき以来、ライルは甘いはちみつ亭に日参するようになった。

ライラも博識なライルを気に入ったようで、いつしかライルとライラは恋仲であると認識されるほどになったのだった。

(名前が似ているのも運命だとか何とか…)


しかしそれから数年が経ち、2人の仲が進展しているようには思えず、2人が結婚する気配も無かった。

そこが目下のところ、ミシアたちの気がかりだった。

ライラはそろそろ30歳になる。15歳で成人とみなされるこの世界クラスタリアでは、30歳の女性ならとっくに結婚していてもおかしくない年齢だ。

そしてライラが結婚しない理由は、ミシア達にはひとつだけ思い当たることがあった。

ライラはミシア達の保護者である。ミシア達の亡くなった両親の代わりにミシア達を育てると誓った、と言っていた。ミシア達が成人するまで結婚を待ってもらっているのではなかろうか?

ミシアはもう成人しているが、タニアとタリアが15歳になるのもそろそろだ。

とすると、ライラの結婚が現実になる日も近いかもしれない。それ自体はめでたい。ライラには世話になっているので、幸せになってもらいたい。

しかしライラが結婚したら、ライラはどうするのだろう?…つまり、甘いはちみつ亭の料理人をやめて、ミシア達と暮らすのをやめて、どこかへ行ってしまうのだろうか?

それは嫌だ…寂しい。


ライラの幸せを願う気持ちと、去ってしまう寂しさ。その間でミシア達は揺れていたのだ。

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