真夜中に浮かぶ月の下で

夕闇 夜桜

真夜中に浮かぶ月の下で


「姉さん」


 一人真夜中に外に出ようとすれば、後ろから声を掛けられる。

 顔は影になっていて分からないが、心配そうな声で何となく想像できてしまう。

 どうやら、お見送りは弟一人らしい。


「本当に行くの?」

「行くよ」


 だって、拒否権なんて無いようなものだから。


「私がこの『刀』の所持者となった時点で、私の意志ではどうすることも出来ないし」


 私の手にある『刀』は、代々受け継がれてきたもの――と言えば聞こえはいいが、ご先祖様もしくはそれに等しい時ぐらいの時に突然現れ、消え、再び現れては、所持者を選んだらしい。

 一族の中には、この刀を呪いと評する者もいたが、それもあながち間違ってはいない。

 この刀には、対になる刀が存在しており、それぞれの所持者たちは長いこと戦いを繰り返してきていた。


 ――自らが、最強であると証明するために。


 何をもって、『最強』なのかは不明だが、その『刀』たちは所持者たちを戦わせた。

 そして、時は巡り、いつの頃からか相手方の『刀』の所持者は呪術師に渡るようになった。

 いや、もうすでにその刀自体が一種の『呪物』になっていたのだろう。そのせいもあってか、所持者が呪術師というのは、刀にとって幸運だったのだろう。

 何せ、自分の力を最大限に発揮してもらえるのだから。


「死ぬかもしれないんだぞ」

「そうだね。でも私は、こうすることで、みんなに被害が及ばないのであれば、どんなに怖くてもやるよ」


 そう、覚悟を決めたから。


「だからお父さんとお母さんのこと、お願い」

「……はぁ」


 どうやら、私の覚悟は伝わったらしく、溜め息を吐かれてしまった。


「それじゃ――行ってきます」


 もしかしたら、最後の会話になるのかもしれないけど、相手が痺れを切らすと大変だ。

 挨拶をして玄関を通れば、こちらに向かってくる一行を見つけた。

 まだ距離もあって顔は分かりにくいが、先頭を歩いているのが、今代の所持者である彼なのだろう。


 ――せめて、私たちの世代は……


 もしかしたら、先代たちが選ばなかったり、選ぶことが出来なかった『選択』を私たちは選べるかもしれないと――それぞれの所持者などではなく、クラスメイトとして普通に出会えたから、互いが所持者だと知って以降も友好的だったり、恋愛的だったり……そんな関係になれるのかも知れないと、期待したこともあった。

 でも、彼の親族たちはそれを認めず、私たちの関係はクラスメイトから敵対関係へと移行した。


「……また随分と大所帯だね」

「ああ、お前に勝つために色々やってたら、この人数だ」


 パッと見一クラス分は居るんじゃないかと思えるほどの人数である。

 どことなく、彼以外に覇気どころか気力が無いように見えるのは、彼か彼の親族が何かしたのだろう。


「今日は満月だね」

「そうだな。お陰で互いの行動もよく見える」


 周囲にこれと言って遮るものがないから、街灯や上からの月明かりで互いの顔も行動も、よく見えることだろう。

 あと、これから行おうとしている場所が、神社の境内なのでバチが当たりそうだが、どうせどちらかは死ぬかもしれないのだから、今回だけは多めに見てほしいし、開き直るのも手なのかもしれない。


「それで、私は君の相手をすればいいのかな? それとも、全員?」


 この確認は重要だ。

 それだけで、こちらの出方も変えなければならない。

 けれど、彼もそれなりに覚悟はしていたのだろう。


「――全員だ」

「そう」


 それを聞いて、納得してしまった。

 分かっていたことだが、一対一なら、この人数をそもそも連れてくることはしなかったのだろう。

 その意図を汲むことはできないけど、それでもどうにかしないといけないことには変わりない。


「悪いが、いつまでもおしゃべりに付き合う時間も無いんでな」


 そう言って、彼が抜刀する。

 どうやらもう、悠長に話すことはできないらしい。


「そうだね。ぐだぐた長引かせて、先送りにしようかと思ったけど、無理そうだ」


 こちらも抜刀する。

 刀が今か今かと、ぶつかり合うのを期待しているのが伝わってくる。

 本当に、所持者の願いを無視する刀たちである。

 そして、軽く息を吐き、改めて彼を見て――





 どちらかが合図をすることなく開始し、私たちは戦った。

 誰にも見届けられることなく、多勢に無勢だったのかもしれないけど、無関係の人たちを下手に傷つけると、後が怖いし面倒なので、こちらは彼一人に集中した。

 術者が誰なのかは不明だが、現状で中心にいる彼をどうにかすれば、どうにかなるのかもしれない。


「――ッツ!!」

「戦いの最中に考え事とは余裕だな」

「これでも、ギリギリなんですけどね」


 分かってて言ってきた、っていうのもあるんだろうけど、どうするのかを考えるのを止めないわけには行かない。止めた時点で負けだ。


「っ、」


 やっぱり、先にこの人数を片付ける方が先だろうか。


「……」

「……」

「……」

「……」


 お互いに無言が続く。

 今この場に響くのは、刀がぶつかり合う音と、移動することで起こる砂利の音。

 お陰で、背後から近づいてこられても対応出来る――と、思ってた。

 でも、やっぱり、多勢に無勢だったのだろう。


「やったじゃん。君の勝ちだ」


 どうやら、神様は私に勝利をくれなかったらしい。

 武力とか技術とか戦術とか、そういう面では彼の方が上回っていたのだろう。そもそも私は『彼と戦いたい』などと思っていないから、そこから負けていたのかもしれないが。

 でも――


「そうだな」


 何で、君の方が傷ついたかのような表情かおをしているんだろうか。


「負の連鎖、これで絶ち切れるのなら絶ち切りたいなぁ」

「……」


 そうすれば、私たちでこの連鎖は止められることになるのだろうが、きっとそれは無理なのだろう。

 この刀たちは、相当にしぶとい。

 壊そうとしても、なかなか壊れてくれない。


皆神みながみ

「何かな」


 ようやく名前を呼んでくれた気がする。


「俺は――」


 彼が何を言ったのかは分からない。

 体が限界を迎えつつあるのか、最後の最後に視線を彷徨さまよわせれば、弟がこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。


 ――ごめんね。お姉ちゃん、負けちゃった。


 「姉さん」と何度も叫んでいるように見えるが、彼が連れてきた人たちに押さえられ、こちらに来られないらしい。


「皆神」


 また名前が呼ばれた気がする。

 でも、ごめん。もう返事する力も残ってない。

 ああでも、そうだな。


 ――次、生まれ変わったら、今度は敵対することなく、君と接してみたいよ。


 クラスメイトとして。

 同級生として。

 友人として。

 そして、可能かどうかは不明だけど、恋人として。


 だから、たとえ世界が変わっても、生まれる世界が異世界だったとしても、世代が違ったのだとしても。

 また、出会うことは可能だろうから。


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