第9話:天然天才アマデウス、本領発揮

「三津屋くん、また走った」

「え?」

「あとフィルが前半もたついた。ちゃんと叩いて」

 二十分後、近隣の小さなスタジオの地下ブースで、俺とアキラは水沢タクトという野性の天才アマデウスっぷりに圧倒されていた。

「あと須賀くん、『I’m not the only one』の『the』と『ly』の発音が酷すぎる。もっとちゃんと発声して。それからヴァースはもっと青にして。今のじゃ黄色すぎる。もっと群青色にしたい」

 曲はとりあえずさっき俺が口ずさんだ「Rape Me」になったんだが、タクトの指示は全く意味が分からなかった。

「あの、水沢くん、群青色ってどういう意味かな……?」

「聞けば分かるでしょ! この曲はそういう色じゃん! 分からなかったら自分で考えて。頭使って。あと声量あるのは分かったからメリハリ付けて。ずっと大声聞かされると疲れる」

 啞然。

 後日、俺たちはタクトの『共感覚』について知って、それをタクトから解説してもらい、時間をかけてその指示を理解することになるのだが、初の音合わせでここまで細かく、厳しく、その上意味不明なダメ出しを食らうのは初めてだったから、とにかくタクトの指示に死に物狂いで従うばかりだった。

 そして、たった二分四十九秒の「Rape Me」がタクトの納得できるクオリティまで到達した時、時間は既に八十五分経過していた。最後に通しで演奏し、ラストの音がフェイドアウトすると、

「すごーい! 二人とも凄いよ〜!」

 と、幼稚園児(年中さくら組)に戻ったタクトが背筋を伸ばしてへらへらと笑っていた。

「僕の指示をちゃんと聞いてくれて、実践してくれて、一曲を僕の要望通りに演奏してくれて、しかもそれが二時間未満なんて生まれて初めてだよぉ〜! わぁ〜!」

 タクトはギターをぶら下げたままシールドが足に絡むのも気にせず妙なダンスを始めたが、俺は内心で震えていた。

 これほどまでに、クオリティが上がるのか。

 繰り返すがわずか二分四十九秒の曲だし、そもそもニルヴァーナはパンクロック、特にグランジと呼ばれる系統のバンドだから演奏のテクニック、技術面はさほど追求されない。

 だがタクトの指示で俺たちが三者三様のプレイヤーとしてのクオリティをMAXにした状態で、俺の歌を徹底的にその音にハマるように磨いた結果、「Rape Me」は俺たち三人のオリジナル曲と言っても通じるほど、俺たちらしさが引き出されていた。


 改めて、水沢タクトという天然天才児を想う。

 今まで、つまり今この瞬間に至るまで、おそらく相当孤独で、相当葛藤していたのではないのか、と。

 本人はアキラとハイタッチして未だ踊っていたが、その喜びようからしても、それは想像に難くなかった。そして、俺は自分が水沢タクトの追求する音楽の一躍を担うことができたことを誇りに思っていた。

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