第8話:年中さくら組の園児の眼はたまに暗殺者

「フレンドウィズベネフィットとかワンナイトスタンドかセックスフレンドとか、まあ言い方は色々あるけど、バンド内でそういうのってどうなの」

 近所のファミレスの四人席に落ち着いた俺とアキラの目の前に座る水沢タクトは開口一番そう言った。もちろん俺らは凍り付いた。

「え、水沢くん……? あのー」

「タクト、えと、何の話だ?」

「してきたでしょ。僕、そういうの分かる。匂いと声と息で」

 嘘だろ……と俺は喫驚していた。多分アキラも同じだろう。俺は念入りにペーパータオルで全身を拭いたし、アキラも着替えてコロンを付け直していた。

「で、これからスタジオ?」

 タクトは糸が切れたみたいに俺らの関係性に興味を失いそう言った。

「そう、タクト。こいつの声を聞いてやってくれ。すげえんだ!」

「俺も水沢くんの曲聴いて感動したんだ。俺ベースもいけるから、音合わせだけでも!」

「ん〜」

 そううなったタクトは、メロンソーダをちゅるちゅると飲み、その後かなりの音量でゲップをした。

「声が良いからって僕の曲に合うかは分からないじゃん。それに僕はもう、人のために寄せたり合わせたり僕本来のテイスト以外の曲を書くのはうんざりなんだよ」

「だったら尚更だよ、タクト。こいつの声は聴く価値がある」

 アキラが、あの三津屋アキラが俺の声を褒めてくれているのがにわかには信じられないが、そもそも二回寝ている時点で俺は今死ねと言われても喜んで死ねる。

 だけど、俺は相当に欲張りのようだ。

 水沢タクト。

 こいつの曲を、他ならぬ三津屋アキラのドラムと俺のベース、そして俺の声で鳴らせるなんて、最高どころの話じゃない。


「んー、じゃあ条件出す」


 タクトは軟体動物のように上半身をゆらゆらと揺らしながら言った。

「もし三津屋くんと須賀くんが快楽だけのためにそういうことしてるんだったら今この場でそういう関係を断ち切って、バンドメンバーとしてちゃんとした仲間になること。もし違うなら、痴話げんかとかそういう面倒でバンド活動に支障が出るようなことは僕のあずかり知らぬところでやって。僕はただでさえ作詞作曲で君たちより仕事量が多い。もし僕にそういう面倒が降りかかったら、僕は容赦なく抜ける」

 そう言い放った瞬間、虚空で揺れていたタクトの視線が俺とアキラを静かに捉えた。


 正直、恐怖した。


 幼稚園児(年中さくら組)がいきなり冷血無比な暗殺者になったような、まったく別人のような眼をしていたからだ。


「……俺らのことは、ちゃんと二人で良好な関係を築けるようにしたい。俺はもちろん、ってか絶対おまえと組みたいけど、だからって今この瞬間、結斗を切るほど軽薄でもない」


——え。


 あの三津屋アキラが、え? 何つった?

 ぱっと顔を上げると、タクトは幼稚園児(年中さくら組)の眼に戻った。

「じゃあ行こっか。僕今お金ないから、後払いで良ければ」

 言うがいなや、水沢タクトは百円玉を二つテーブルに置いてギターケースとエフェクターボードを担いで出口に向かった。ちなみにドリンクバーは三百五十円だ。

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