第五話 歪み

「大変だ、大変だ!誰か、誰かいないのか!?」


慌ただしく声を荒げ、不規則な足の音を感じる

入り口からずっと走っているのだろう。徐々に息が荒くなっていく、走るスピードも落ちていく

ここまでの距離はざっと100mちょっとと言ったところだ。普通の人でも走ったら疲れたと思うものだ。盗賊も同じように疲れている


カズマは弓を構えて矢を引っ張る

体格は見た目では細そうに見えるが、昔から弓を扱っているとその腕は常人以上の筋肉が付いている

人は見た目で判断できないと言うことだ


「誰か....ハア、ハア、いないのか!?....」


誰も返事しないのはそのはず、後ろを振り向くとそこにはラグネと盗賊の一騎討ちだ。近くには死体が一つ、盗賊が逃がした奴もいる。つまりこの場にいるのは三人であって、内、敵は一人のみ、声を出して隙を突かれたら終わりだ


足音が近くなってきた

俺は弓をまた正面に構え直し盗賊を待つ


「っ!?」

「っ!!」


盗賊の全体が見えた。盗賊もこちらを見て驚いた表情をしている。カズマはそのまま矢を射る

しかし盗賊は野生の本能が出たのか矢を避けた。カズマの反射スピードもなかなかだが、相手もそれと同格なぐらいの持ち主だろう。盗賊と言う職業柄、危機察知能力はずば抜けている


「お前か?俺達の仲間を殺したのは!?」

「....」


盗賊の問いかけにカズマはただただ無言であった

盗賊もそのカズマの態度に苛立ちを覚えて歯を噛み合わせる


「クソが!」

「っ!」


盗賊は腰にかけてある鞘を剣から抜き、カズマに一直線で向かってくる。剣を大きく振りかぶってだ


カズマはそれに対応するべく、もう一度矢を引っ張り放す

矢は盗賊の心臓に向かっていくが盗賊はその矢を斬ってみせた


「なに!?」

「そう簡単には殺られねぇよ」


盗賊はまたカズマのほうへと走って近づいていく

カズマは盗賊との距離が縮まっていることから弓での対応はもう無理だと判断し、弓を捨ててダガーを構える


「ハッ!そんなので俺が死ぬかよ!」

「....」


盗賊はますます距離を縮め始める

盗賊はダガーだと安心しきっているがこのダガーは普通とは違う。ラグネにも教えていない呪具のダガーだ


このダガーは人が持つことで透明になることができるダガーとなっている。つまりはダガーを持っている間は誰にも見られないと言うこと


「なっ!?」


ダガーを持ったことで透明になったカズマはゆっくりと足音を発てずに盗賊の背後へと回ろうとしていた

しかし、盗賊もがむしゃらに剣を振り回して容易には近づくことは不可能だ


「どこだ!」


近づくのが不可能ならダガーごと投げれば良い

カズマは弓やクロスボウの扱いの他にもナイフ、ダガーだって扱うことができて、ナイフやダガー、矢を狙った場所に投げ刺すことができる


カズマはダガーの持ち方を真っ直ぐと翔ぶように持ち方を直し男が後ろを向いて剣をがむしゃらに振り回しているところを刺す


「終わりだ」

「ふあっ?あ、クソ....」


ダガーを投げ、盗賊の背中を貫通する。貫通といっても中途半端なところで止まっている。しかし心臓は確実に刺した。もうこれで動くことはない


盗賊はダガーが刺さった事に気付いた瞬間、体のバランスが崩れて倒れる。口から血を流しながら横たわった体勢を仰向けにしてカズマを睨む


「お前を許さない....」

「....」


カズマは何も答えない

それはカズマが知っているからだ。人の命を奪うことは他の人への不幸、災いをもたらすことに。同時に憎しみや怨みをかうこともだ


この世界では生きるために人を殺すことなんて当たり前だ。自分が殺らないと殺られる状況ならそうするし、そうすることに何の抵抗もないのはこの世界では常識みたいなものだろう

ただ、世の中には違うって人も大勢いる。その一人がラグネだっただろう

ラグネは自分で隠しているつもりだが隠しきれていない。あいつは今日初めて人を殺したはずだ。抵抗感は無くても戦いの後の表情は曇っていた。おそらく自分でも気付いていない程にだ


「....」


カズマは無言で捨てた弓を拾い、矢をかけて引っ張る。力強くだ。力を振り絞りきった瞬間に矢を放す

矢は盗賊の頭に刺さって微動だにしなくなった


「急ぐか」


カズマはダガーを盗賊から抜いて仕舞ったらラグネの方へ加勢をしに向かおうとした

しかし、後ろで気配を感じとる


「....誰だ!?」


カズマが振り替えって目を凝らして見ているとそこには黒い影があった

さっきまでカズマは戦っている最中には気付かなかったが、戦闘が終わって回りを警戒していたから気付いた。もしこのまま気付かず加勢に加わっていたらカズマやラグネは殺られていた


「ま、待て!」


黒い影はカズマが見つけるとすぐに後ろの道へと走っていった

当然カズマはそれを追いかける

もしかしたら盗賊の仲間を更に呼んでくる可能性があったからだ。あいつを倒さないとこっちが不利になる


「どこに行った!?」


走って、走って、ずっと追いかけていたが姿が見当たらなくなった。さっき来た道も見るがやはりいない


「逃げられた」


そう、完全に逃げられてしまったのだ。これによりこっちが不利になると言うこと

カズマは急いでラグネの方の加勢へと向かった。ラグネの方が早く終われば敵の増援は回避できる可能性もあるからだ


カズマは急いでラグネの方へと向かった


◆◆◆◆◆◆


「クッ!」

「チッ!」


互いに交わった剣先がお互いの顔を見合わせた

最初の一手で殺られていたら楽なのにとお互いに考えていたのか眉間にシワが寄せられていた


「まるで俺が悪役みたいだな」

「俺達からしたら悪役だ」


血が滴っている自分の剣を見てそう思った

本来、ラグネ達は盗まれた指輪の回収に向かったのにそこで盗賊達との殺し合いが始まったのだ。そして盗んだのは当然盗賊側なのに俺達が悪い雰囲気を醸し出していた。罪悪感は多生ばかし出てきてしまうがここで躊躇をしてしまうと死ぬのは俺だ


「ハアアっ!」


盗賊が構え直して真っ先に動き出した。俺はそれに対応するべく守りの体勢に入る


「グッ!」


剣思いっきり振りかぶり振り下ろした盗賊の剣には重みがあった。それにはその盗賊の想いが俺にぶつけられた感じがした


俺は盗賊の剣を受け止めたとはいえ、その剣を支えるのにかなりの力を使っている。今にでも力が抜けて首に盗賊の剣が刺さりそうだ

仮にかすり傷で済んでも、奴の剣は呪具で斬った相手の心臓を破裂させると言うなんともおぞましい効能である

それに斬られる訳にはいかん


「オラッ!」

「うお!?」


俺はありったけの力を使って盗賊を跳ね返す

同時に腕や手、肩にはさっきまで力を使っていたせいか脱力感があった。まだ戦いは終わっていないのにもう疲れている


「ハアッ!」


今度は逆に俺から攻めた

跳ね返った盗賊はさっきのせいでバランスを崩していた。だから体勢を整える前に攻める必要がある


俺は剣を振りかぶり首を狙って振り下ろす。しかし、盗賊も間一髪で防いだ。だが、今度は俺が盗賊の首を目の前にして有利だ


「これしき!」

「なっ!?避けられた?」


盗賊は俺の剣を避けて俺の背後に回った

俺は目一杯力を出したから体が前傾姿勢になり前へと倒れようとした


「終わりだ!」

「まだ!」


腰を使い回転させ、俺は盗賊の正面になる

盗賊は既に剣を振りかぶっていたが俺はそれを防ぐって言うよりは弾いた

だがその衝撃で俺はぶっ飛んでしまう


「ハァ....ハァ....お前、名前は?」

「ラグネット・スカイ、お前こそ?」

「エルト・ラグレイト」

「お互いに名前は覚えたな?じゃあ悔いはないな」


たった数十秒程度しか戦っていないのにもう息切れしている。力を使い過ぎた。本来不慣れな戦闘を今日はずっとしている。体力ももうないだろう


それでもお構いなしにエルトは剣を構える。俺もつられて剣を構えるがまともに持てていない


「なんだ、疲れたか?なら死んで休め」

「ほざけ」


俺は足に力を入れてそれを蹴り飛ばして間合い摘めた

たがエルトは俺の剣を弾いた。それにより俺は手元から手放してしまう

絶対絶命である


「これで終わりだ!」


エルトが大きく振りかぶって振り下ろす瞬間に俺はエルトの腕と手を掴んだ


「なにっ?離せ!」

「オラッ!」


そのまま俺はエルトを鷲掴みにして放り投げた。エルトは奥までぶっ飛んだ形となった。エルトが立ち上がろうとする前に俺は手元から離れた剣を拾いエルトに襲いかかる

しかしエルトもそれを理解してか防ぐ体勢でいた。今度防がれたら俺は間違いなく力負けをしてしまう。そうなってしまう前に俺は振り下ろすのではなく剣を下に向け刺す体勢をとった


「オラァァ!」

「マジかよ....」


エルトは倒れている状態でそれを防ぐほどの実力は持っていなかった。精々、本当に防ぐ程度しかだ


俺はエルトの心臓に向かって突き刺す。突き刺した時「ウッ!」と言うエルトの声がしたが俺はお構いなしに心臓の奥へと突き刺した

エルトの顔を見てみると血を口から流してこちらを一目みて目を閉じた。エルトは持っていた剣を手離して死んだ


「ハァ....ハァ....終わった....」


俺は血が更に付いてしまった剣を振って弾いたら鞘に納める

納めたところで俺はその場に座り込む


俺はこの戦いでわかったことがある。俺はやはり躊躇してなかった。今日初めて人を殺したのに悪気もない。異常に思えて仕方ない。自分の心が人を殺すのに抵抗がないのが不思議でしかない。俺の心は元から、殺す前から歪んでいたのだ


「ラグネ!」

「カズマか?お前の方も終わった感じか」


俺が座り込んでいると後ろからカズマの声がしたのでカズマの顔も見ずに答える

俺はまた立ち上がろうとしてエルトが持っていた剣を手に取りながら立った


「その剣は?」

「この盗賊、エルトが持っていた剣だ。どうやら呪具のようで、斬った相手の心臓を破裂させるって恐ろしい剣らしい」

「そんな呪具が....」


エルトの剣が納めていた鞘をエルトから拝借して鞘に納め、俺の剣と同じ腰にかける


「その剣はどうするの?」

「ギルドに渡しておく、こんな物騒なのを俺が持っていても嫌だし、市場に売り出されるよりかはましだと思うしな」


カズマの質問にそう答えた


実際にこんなのが市場に出回ったら最悪だろう。それこそ辻斬りって奴に買われてでもしたら余計に危なすぎる

だからこれはギルドに預けるしか他ならない


「あっ!そんなことより指輪を早く探さないと、盗賊の仲間が来るかも知れない」

「どうしてだ?カズマが倒してくれたんじゃ」

「逃がした。一人だけを」


食い気味に言うカズマに疑問を覚えながらも俺達は急いで指輪を探し始める

ここの空間には俺がさっきまで戦闘していたせいか、気付いたら椅子が散乱していて、テーブルはひっくり返っていた

その他にもこの空間にはタンスが2つあるのだが、その一つには本が複数あり、もう一つには鍵があった


本のタンスを一通り確認したが、いたって普通の市販の有名な本が並べていただけだ。肝心なのは鍵だ。この鍵はどこに使用したら良いかわからなかった


「これ、どこに使うんだ?」

「多分まだ奥に道があるのでそこで使うと思います」


カズマが指を指した方には細い道があった

俺達はそこへ向かい先を進む。急がなければ盗賊の仲間が駆けつけられても困る。だから警戒はしつつも走って進んだ


細い道の先には扉があった。その扉には都合よく鍵が掛けられていた

俺とカズマは互いに見合って、鍵口に鍵を入れ回す。するとガチャと言う音を発てて、俺達は扉を開けた


「これは部屋....」

「盗賊のメンバーってよりはリーダー、エルトの部屋か」


一つのベッドに一つの椅子、机、タンスが備わっていた。そしてその机には本と手紙、回収しろと言われた指輪が置かれていた


「指輪があるけどこれで合ってるのか?」

「それ以外になければそれしかないと思うよ。それよりこれが気になるけど」


俺はポケットに指輪を入れ、カズマが気にしている手紙と本を見つける。本と言うのはどうやらエルトの日記らしい

俺達はその手紙と日記を読んだ


まず、手紙からだ

『エルト・ラグレイトへ


任務は順調か?まあ順調ではなかったらお前らの命は無いと思え。我々も多額金を出していることを忘れずに任務をこなしてもらう。数日後に回収に向かわせる


ヘルより』


「ヘル?つまりこいつがこの集団に依頼した主ってことか?」

「....」

「どうした?」

「いや、何でもない。そう言うことだろう」


手紙を読み始めてからカズマの様子は曇っていた。俺には一切わからなかった


手紙を読んだあとは日記を捲(めく)り始める

日記の内容はいたってシンプルで盗品した品の説明や仲間との思い出と言ったところか、そんなのが書かれていた

しかし後ろの方には『黒い矢』と接触した話が綴(つづ)られていた

日記にはエルトが中心の盗賊集団『ハイエナ』に『黒い矢』がある依頼を持ってきた。だがその依頼を決して失敗してはいけないと書かれており、皆が殺されると書かれていた

そして肝心の依頼内容はある人の指輪とケリオストラと言う街にあるとある水晶の回収らしい


「では、この指輪はやはり依頼の盗品なのですね」

「そう言うことだろう。ちょっと気になる部分はあるが、俺達が無闇に踏み込まない方がいいな」

「そうしましょう」


俺達は日記と手紙、指輪を回収して急いでタラント鉱山の出口へと向かった

途中には俺達が殺した盗賊の死体しかなく、何事も起きなかった


「ハァ....ハァ....まだ、誰も来てないな」

「そのようですね。急ぎましょう」


出たときにはとっくに日は暮れていて、月が顔を出そうとしていた。かなりの時間ここで戦っていたと言うことか、体感ではそんなにって感じなんだがな


俺達は急ぎギルドに戻った

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る