映画の世界


迷子になった後、何度か同じ道を行ったり来たりしてお目当ての忠犬ハチ公を発見する事に成功し、忠犬ハチ公の安心感に感動して、目の前まで走っていった。


「生だ。本物だ。リアルだ。映画の中の世界だ。」などと田舎者全開でまた僕は口が開きっぱなしになっていた。


そこには忠犬ハチ公と満開の桜。大きな電子掲示板にでかでかと広告が流れたり、有名歌手の曲が大音量で流れたりしている。他にも居酒屋や喫茶店、服屋などが見える範囲に何件もあって、僕の事を歓迎してくれているかのように一斉に出迎えてくれた。

開けた広場にはホームとは比にならないほど人が詰め寄り、桜を撮る人や誰かと待ち合わせをしている人、海外の方も多く来ていたので、「本当に海外かも?」なんて一瞬思ったりして落ち着かない。でもわくわくも止まらなかった。


僕はもちろんハチ公と記念撮影をしたり、綺麗に咲く桜に見とれたり、辺りを目を大きくして見とれていて本来の目的など忘れるほど東京に見惚れていた。


僕はしばらくして本来の目的を思い出し、慌てて時計の針を見た。

時計の針は午前9時45分を指している。


当日チケットは10時から販売開始で数に限りがあるとの事だったので少し急がないといけないと焦りながら、スクランブルエッグ交差点の信号が変わるのを歩道で待っていた。

渋谷のスクランブルエッグはそれこそ渋谷の代名詞くらいの存在だと僕は思っている。反対の歩道にも僕のように慌てた様子の女性や、膝でリズムをとってイライラしている中年男性がいて、信号が変わることを皆が少しずつイライラしながら待っているように感じた。


そしてよーいドンの合図が出され、一斉に歩き出す。

先頭にいた人たちはレースをしているかのように早歩きで好スタートを切り、僕は中盤で初めてのスクランブルを噛み締めるようにゆっくり歩いていたのだが、人波に飲まれ、溺れそうになったので周りに合わせて早歩きをした。


白線はあるようでなく、各々の行きたい方角へ進む。信号が青の時は白線は気にせず、どこに歩いて向かってもいいのだ。

「これは道路交通法違反ではないのか?」などという疑問を持ちながら歩くのは田舎者の僕だけだっただろう。


東京のルールは難しいと感じながら、以前YouTubeで『スクランブル交差点のど真ん中で寝てみた』という動画を見て「ど真ん中で寝てみたなんてほんと馬鹿だな」と思っていたが、こんな無法地帯でレースをしている人達がいるのに寝るという行為は、相当勇気がいるんだなと初めて知り、あの名前も思い出せないYouTuberを少しだけ尊敬したりした。


今、目指しているのはMODEというファッションストアが多数入っているショッピングセンター。

参加する予定のイベントは、その中の本屋で行われる某有名人の握手会だ。

僕はその某有名人の事を最近テレビを見たときにびびっと身体の中に電撃が流れ、急激なスピードでファンになった。


本当は今日家族で桜を見に行く予定だったのだが、ニュースで1週間前から雨予報が変わらず、もう無理だろうと後日に延期になったのだ。たまたま時間に余裕ができたので、昨日急遽行くことに決め、今に至っている。


ちなみに僕はアイドルや歌手などの強烈なファンになった事がない。本当にない。

なんとなくネットで「観賞用と保存用で合計10枚ほどアルバムを買っています」というような熱烈なオタクというファンがいる事は知ってはいるのだが、その気持ちは正直分からない。「1枚買えばよくない?」と思ってしまうからだ。


今回のイベントはカレンダーを1枚買うと握手が特典で付いてくるというもので1枚2700円もする。ファンではあるが、正直熱烈なファンではないので僕は1枚だけ購入する予定でいる。


無事スクランブルエッグを渡り切り、地図を開きながら歩いていると、でかでかと広告看板が見えてすぐにMODIを発見する事が出来た。

時刻は9時55分。なんとか間に合った。

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