虹色バック


「はぁ、はぁ、、」

久しぶりの猛ダッシュで、息を整えるのに時間が掛かりそうだ。


僕はギリギリ滑り込みセーフで電車に乗り込むことに成功した。

椅子に吸い寄せられるように明日のジョーさながら腰かけた。

心臓が今までの人生で経験したことがないほど速く、そして強く脈打っている。

レールを走る電車の揺れを鮮明に感じるほど、電車に溶け込み、当たり前のように目を閉じた。


目的地までの道のりは1時間以上ある。体力を温存する為、眠りにつくことにした。


そして30分くらいか眠りについていたが、ふいに嫌な視線を感じ、薄っすら目を開けて探偵のごとく周りの乗客を見ていった。

僕の座っている席は車両の一番端。車両間を繋ぐ扉が目の前にある席だ。

だが、自分から見える席に座ってる人の中にこちらを見ている人はいない。


「あれ?気のせいかな?まぁ疲れてたしな」

僕は勘違いをしたのだと思い、また目を閉じようと上を向いて一息ついた。

そして顔をゆっくり降ろした時、ちょうど電車がトンネルに入り、車内が窓に反射してやっと誰が犯人か分かった。

僕の右隣り女性がこちらを睨むようにきつい視線を送っていたのだ。


その女性は20代後半。長髪で化粧が濃く、自信満々な気の強そうな雰囲気。

珍しい虹色の手提げバックを膝の上に載せて携帯をいじりながら、さりげなくこちらに視線を送っていた。

そしてすぐになぜこちらを睨んでいるのか分かった。

服装が僕と丸被りだったのだ。

パステルカラーの黄色いコートを着て、チノパンを履き、革靴を履いている所まで同じだった。

「そうゆう事ね、確かに自信満々な方であれば他人と被るというのは嫌ですよね」

都会に近づくに連れて人が増えて、席を移動するにも開いている席がないので、移動できず、早くこいつどかないかなと思っていたのだろうなとすぐに予想できた。


もしかしたら他の乗客から見ると、カップルでお揃いコーデをして遊びに行くように見えているのかもしれないなと思ったとき、電車が駅に止まり、目の前に人の好さそうな親と同じくらいの歳の女性が吊革に捕まりながら僕らに話しかけてきた。

「二人で同じ服を着て、デートなんて仲がいいわね、私も旦那がそうゆう事してくれたらもっと楽しいのに」


僕は慌てて、「いや、あのーーこれはですね、、、」と言いかけると

「他人です。止めてください。」きつい言い方で虹色バックはおば様の好意をあしらった。

おば様は「あら、、そうだったの、」と困った顔をして気まずそうにしている。

僕がここからいなくなれば虹色バックも嫌がる理由がなくなるし、おば様も虹色バックと対面でいるよりも顔を合わせなくて済むほうがいいだろうと考え、

「僕もうすぐ降りるのでよかったら座ってください」とおば様に席を譲り、その場から逃げるように車両を移動した。


昨日、洗濯物をちゃんと干していれば虹色バックに睨まれる事も、おば様に勘違いされて気まずくなる事もなかったんだなと思い、改めて少しだけ後悔をした。

不幸中の幸いの不幸があるんだなと新しいことわざを自分の辞書に追加した。


その後、一度乗り換えをして、気が付くと目的地の一駅前まで来ていた。

車窓からの眺めは最寄り駅の都会もどきとは違く、建物は高く、大きくなり、想像する本物の都会そのものだった。

そして車内は派手な服装で個性を出している人々で溢れかえっていて、僕にとっては異世界だった。


そしてついにその時が来た。


「渋谷、渋谷、ご乗車有難うございます」車内アナウンスが到着を知らせる。


僕は銀座線渋谷駅に到着し、東京に初めて足跡を付けた。

まるで宇宙飛行士が初めて月面着陸したときくらいの感動が、胸の中を埋め尽くし、空気も想像しているほど悪い気がしなかった。


そして薄々予想していた事が見事的中した。

目の前に虹色バックがいるのだ。


「これはもしかしたら運命なんじゃないか?声を掛けてみようかな?」なんて考えていたら虹色バックは友達と合流して、楽しそうにしている。

僕に向けていたきつい視線とは打って変わり、友達には優しい目をして楽しそうに喋っている。

そしてその友達は虹色バックと全く同じ、珍しい虹色の手提げバックを持っていた。


「そっちが本命ね」僕はため息に混ぜて言葉を発した。

運命がどうとか考えていたが、そんなことはもちろんなかったみたいだ。



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