トイレの神様

「腹痛いなー」


僕は当日券を手に入れた安心感、みっこファンから向けられた異常な威圧感、東京の落ち着かなさなどの様々な要因のせいか、異常な腹痛に襲われていた。


だが、東京というのはトイレを探すのも一苦労だ。

完全にオープンしてないMODIのトイレはなぜか見つからず、ウロウロとMODIの周りでトイレがないか探したが見つけられなかった。


ふと、先ほど一旦退避した映画館にトイレがあるのではないかと考え、もう一度映画館の方へ向かった。


その映画館はバブル時代の名残なのか独特のデザインをしている。


ロケットの先端の部分を格納庫の留め具で四方から止めていて、今にも飛び出しそうなビジュアルをしていて、映画で悪の組織のアジトとして使わていそうな黒い建物だ。


隣にディズニーストアが併設されているのも、悪と正義が手を合わせようと努力している感じがしてまた面白い。


外観をじっくり眺めたい気持ちは重々にあったが、僕はとにかくトイレに急ぐことにした。それは、腹痛をどうにかしたいという気持ちももちろんあるのだが、個室に入り、一人きりになれる時間を作りたかったのだ。


僕は早歩きでエレベーターに乗り込み、映画館のフロアに急いだ。


映画フロアの入り口の扉を開けて店内に入ろうとすると、横から細身の女性が出てきて「当日券ですか?」と呼び止めてきた。


「東京はどこに行くにもチケットを持っていないといけないものなのだろうか」と思いながら「いえ、映画は見ないんですが」と言うと「あ、見ないんですね。。」店員はそう言いながら扉を閉めようとした。


この映画館は映画を見ない人は、中にすら入れてもらえないらしい。


とっさに店内に見えた映画のチラシを飾っているディスプレイを指さしながら「何の映画が上映しているのか気になって、少し中を見てもいいですか?」と扉が閉まる直前に店員に声を掛けた。


「ああ、そうゆう事ならまぁいいですよ」店員はそう言って扉を開け、スタッフルームの奥へ戻っていった。


僕は何とか危機を乗り切って悪のアジトに潜入する映画の主人公のような気持ちになって、堂々と店内に入った。


この映画館にそもそもトイレがあるものなのか知らずに入ったが、店内の左奥にトイレの表示があり、一番奥の個室に、僕は隠れるように入った。


悪のアジトに潜入した事、東京という海外に来た事、みっこの女ファン地獄にいた事、異常な腹痛など様々な事から解放された。

僕は東京に来て初めてちゃんと落ち着く場所はトイレの個室だった。


「トイレはどこでも同じなんだな」とトイレの安定感、安心感を改めて感じ、「トイレの神様がいるなら是非一度お話させて頂きたいな」と思った。

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