赤タンクトップ

人の印象は出会って3秒で決まるらしい。


僕は第一印象で仲良くなれないと感じた人と仲良くなれた事がほとんどない。

雰囲気というかオーラみたいなものを感じ取って、本能的に合うか合わないかを判断してしまっているのかもしれない。

実際、最初の印象だけでその人の事を理解できる訳ないのに。



僕が通っているジムは入り口を入るとまず目の前に荷物置き場がある。

荷物置き場の右手側に進むとトレーニングスペースが広がっていて、手前にケーブル系、一番奥側にベンチプレスが三台とその隣にダンベルコーナー。その他色々な器具も設置されていて簡単に言うと一階は上半身全般、二階はランニングマシンや下半身を鍛える器具が揃っている。


僕は朝の人がいない時間に利用することが多い。このジムは24時間営業で平日の夜と週末は野生のマッチョたちの巣になるからだ。



早速、僕はジムに着き、駐車場に一台も車が停まっていなかったので、今日は一人だとウキウキしながら入店したが、荷物置き場を見てガッカリした。


樽のように大きいプロテインシェイカーが一つ、ピンク色の液体を入れて堂々と置いてあるのだ。


更衣室に向かって歩きながら右側に目を向けると、鏡に向かってポージングしている男がいた。その男は金髪のツーブロックで、僕と目が合ってもお構いなしでポージングをし続ける。


僕は一瞬で仲良くなれないなと思った。


その男は、遠目でも分かるほど、胸の筋肉だけが異常に発達していて、布面積が少ない、ほぼ裸同然の赤タンクトップを着ていた。


「周りの人に筋肉を見せびらかして、優越感に浸るような人なんだろうな」


僕は関わりたくないなと強く思い、顔を引きつらせながら、二階の更衣室に向かった。



僕は今日、胸の筋肉を鍛えようと思っていたので、赤タンクトップがいる一階へ渋々向かった。


階段を降りてすぐ赤タンクトップが「フン、フン」言いながらケーブルを引っ張っているのが見えた。


僕は一番遠くを通るようにしてベンチプレスの前まで行き、一度部屋の真ん中にある時計を見る。


「まだ、5時か」


まだまだ予定の時間までは余裕がある。


今日も頑張って追い込もうと心に誓いながら、鏡の中の自分を見ると、チラチラ赤いのが視線に入りイライラする。


ちなみにここまでの口ぶりだと、僕は綺麗な逆三角形のマッチョで

「ふんっ!!」と100キロのバーベルを軽々しく上げているような、屈強な男と想像してしまうかもしれないが、それは少し違う。というか全然違う。


僕はまだこのジムに通いだして1ヶ月ほどで、そんな肉体は到底持っていない。


元々1時間、300円の市民体育館のトレーニング場で数ヶ月間トレーニングをしていたのだが、そこが閉鎖になってしまい、筋トレはしたいという事で仕方なくこのジムに入会する事に決めたのだ。


一般人からすればそれなりの身体かもしれないが、タンクトップを堂々と着るような男たちからすれば、卵から孵ったばかりのひよこ同然の男だ。


僕は早速ベンチに仰向けになり、重りは付けずにバーだけでアップとフォームの確認を行った。


次は合計40キロにして10回程度上げ下げを繰り返す。


まだもう少しだけ余裕があったので、重りを追加しようと身体を起き上げると、僕の座るベンチに対面している器具に、赤タンクトップがいつの間にか移動していた。


「うんうん。その筋肉の割には、いい感じじゃん」

そんな感じで、向こうの方が椅子が高かったせいもあって、上から見下されながら小刻みに頷いてきた。


「赤タンクトップの野郎、なめやがって」

「こっち見てんじゃねーよ」

「自分の筋肉だけ見て楽しんでろ」

「あと近づいてくるんじゃねーよ」



と言い放ってやりたい所ではあったが、明らかにあの赤タンクトップに筋肉で負けているのと、椅子の高さのせいだとしても、見下されながら頷かれるという屈辱で自分自身に腹がたって奥歯を噛み締めた。


その後、今までにない程、ベンチプレスや他にも胸筋に効果がある、ありとあらゆる器具を駆使して、普段よりも追い込めるだけ筋肉を追い込んだ。


「もうやめてくれー、そろそろ限界ですぜ兄貴」

と胸筋が言ってきたので次を最後のトレーニングにしようと思い、僕はダンベルエリアへと移動した。


赤タンクトップはしばらくテレビのニュースを真剣に見入っている。静かにしていれば害はないものだ。そんなこと思いながら僕は深呼吸をし、最後の種目に備えた。


「よし、最後の種目だ、頑張ろう」

僕は心を整え、最後のトレーニングを始めようと目を開けると、先ほどまで真剣にニュースを見ていた赤タンクトップは、いつの間にか隣に座っていて、こちらを待つように僕を見ていた。


「やっとこの時が来たか」

赤タンクトップがそんな雰囲気で準備を始めた。

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