第9話 心眼
石垣銀治郎(いしがきぎんじろう)は刀をゆっくりと抜く。気合いを込めて刀を振る。城主が見守る中での御前試合は負けられない。父は心眼を会得しろと静かに語っていた。俺に出来るだろうか?「心の目を持って敵と勝負するのか」つぶやくと真剣を鞘に納めた。
妹の石垣優江(いしがきゆえ)が近づく。「兄上、お夕飯ですよ」妹は縁談も決まっている。相手は、浅沼左衛門(あさぬまさえもん)で御前試合の相手だ。俺が勝てば家禄は上がる。しかし嫁ぎ先の浅沼の方が下がるかもしれない。ただ命のやりとりをするわけでもない。そこまで勝負に、こだわる必要があるのか迷っていた。妹のために勝ちを譲ろうとさえ思う。
優江と並んで歩く。「左衛門は、若いしお前を大事にしてくれるだろう」妹は俺を見ながら笑う。「左衛門様は兄上に勝ちたいと文をもらいました」幸せなのだろう嫁ぐ事を喜んでいた。「そうだ、兄上」足早に俺の前に出ると、くるりと回ると振り向く。「タマが子供を産みましたの」この家で飼っている雌猫だ。「子猫を嫁ぎ先に持っていってよろしいですか?」妹は猫が好きだ。さすがに実家の猫は連れて行けない。「かまわんよ」そんな事を俺に報告しなくても良いと、その時は考えていた。「乳離れしてからだぞ」妹は幼い少女のように笑う。
大太鼓(おおだいこ)の音がする。足場の川砂の感触を確かめる。城主が見ている中で勝負が始まる。真剣を使うため、基本は相手に傷をつけないで、いかに美しく勝負を決めるかが大事だ。例えば手首への攻撃をすれば勝敗が決まる。寸止めで問題は無い。逃げ回ったり命欲しさに見苦しく立ち回るのは、勝負を侮辱する事になる。特に城主の前では、無様な態度は印象が悪い。
俺は上段からの攻撃に決めていた、俺の隙を見て浅沼左衛門が踏み込めば、何合か打ち合う事になる。後は流れで浅沼が俺に急所の攻撃を決めて、俺が降参すれば終わる。浅沼が報償を貰えば妹も嬉しいだろう。しかし俺は浅沼の力量を見誤っていた。勝負が始まると、真剣を扱い馴れていない。見てすぐに判る。なぜ彼が御前試合に出たのか疑問に感じる程だ。浅沼は重臣にかわいがられていた話もある。重臣も俺が手を抜いて勝ちを譲る所まで考えた筈だ、俺はそれに乗ったつもりだった。
「えぃっ」弱々しい声で刀を使うが、浅沼は真剣の重さを制御できない。俺は体捌きで刀を避ける。刀が体に触れれば深手になる。俺は一瞬だけ悩む。俺が上段から刀の峰を使って浅沼の太刀をたたき落とした。真剣は重さがある。上から力を加えると握力が無ければ支えきれない。浅沼はまるで穴に落ちたような顔をする、刀がなぜ落ちたのかすら理解できていない。「勝負あり」試合が終わると浅沼は膝をついたまま動かなかった。俺は城主に一礼をする。
城主から家禄の増加を賜ると家に戻る。部屋に入ると優江が泣いていた。勝敗を知りたくて待っていると、浅沼左衛門が面会に来たという。彼は妹を罵る。浅沼は勘違いをしていたらしい「私が勝つ予定だった」と恥をかかされたと優江を殴る。そして優江が抱いていた子猫をつかむと庭に放り投げた。にゃーにゃーと鳴く子猫を刀で突き殺す。
浅沼は重臣から「銀治郎は勝負を譲る」事を聞いていた。重臣は心の目で見抜いていた。俺がどう動くか推測した、そして俺もその通りに勝負に負ける気だった。だから浅沼に誤解を与えた。浅沼は再試合を要求してきた。しかしこれは私闘になる。どちらが勝利をしても、喧嘩両成敗だろう。家が取り潰される。
優江は俺を見ている。俺は理解をしていた。約束の日になると俺は出かける。優江も一緒だ。到着した場所は、寂しい川原で俺たち以外は誰もいない。浅沼左衛門は「勝負だ」と叫ぶと数名の浪人が俺の左右を囲む。浪人は腕が立つのは判る、油断すれば俺も危ない。重臣からの手配だろう手練れを集めている。
優江はそんな中で一直線に浅沼に向かった。浅沼は太刀を抜く「優江は下がれ」と叫ぶ、刀を俺に向けた。優江はそのまま近づくと、懐剣(かいけん)を使って浅沼の二の腕を切り裂いた。そして首筋に突きを入れる。血泡を吹きながら浅沼は倒れる。彼女の懐剣は特注でかなり長い業物だ。
動揺した浪人に「雇い主は死んだ、戻って報告しろ」と言うと、今さら戦う意味も無いことを悟ると、浪人達は浅沼を置いて逃げていく。俺は事の次第を上役に報告をした。「妹が浅沼殿と会いたいと言うので待ち合わせをしたが暴漢に襲われた」検分のため、俺の太刀も調べられたが、血で汚れていない。誰もが納得して事件は終わる。優江が小太刀使いなのは、誰も知らない。妹は俺とよく稽古をしていた。優江は庭に穴を掘ると子猫の墓を作る。妹はとても猫が好きなのだ。
終わり
時代劇風のSS WsdHarumaki @WsdHarumaki
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