第6話 兄が居る井戸

私の兄は井戸に居る。古い井戸からのぞき込むと兄が顔を

出して私を見る、怒ったり笑ったり悲しんだり、そんな兄

を慕っています。


「吉乃(よしの)もそろそろ嫁ぐのか?」

双子として生まれた兄は、私に似ているのかやさしげな

顔立ちだ。でも武家の男子として剣術で鍛えられた体は

私より大きい。


私に尋ねながら母が作ってくれたお茶請けのお饅頭を口に

運ぶ。甘い物が好きなのは私と同じ。

双子は不吉と言われたが、父も母も私達を一緒に育てた。

兄とは仲が良く、ケンカもしたことは無い。


年頃になると私は縁談が来た、宿命だとしても兄と離れ

ばなれになるのは悲しい。

「ええ、兄様も縁談があるのでしょう?」


兄は千五百石取りの娘と婚姻する予定だ。

私はその前に家を出なければいけない

「すぐにお別れか、元気に子を産めよ」

女は子を産むのが仕事だ、それも跡取りを産めなければ

実家に戻される可能性もある。

兄は私が居なくなっても、さみしく無いのだろう。

私の心は悲しみで痛くなる。


私は裏庭に行くと、見納めで庭を見て回る

そこには井戸もある。水はたまっているのだが

水質が悪いのか使われてない。


「吉乃(よしの)様」

隣家の次男坊の勝家様が垣根の上から顔を出す。

「まぁそんな所から、危ないですよ」

梯子に登っているのだろう

私はいつものように木戸に回ると内側から戸を開けた

勝家様は私が好きなようだが、次男には嫁げない。

長男に嫁ぎ男子を産むのが、若い娘の役割だ。


「お慕いしています」

「もう私は夫になる人がおります、諦めてください」

勝家様も苦しそうだ、私に触れる事もなく頭を下げる

私は前から考えていた案を試すことにした。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「お兄様、最後にお庭を散歩しましょう」

夕食が終わると兄と二人切りの時に庭に誘う。

「この庭でよく遊んだな」

十歳の時に私は、ここでかくれんぼうをした。

その時に兄は私の体を見たがった。

大好きな人のために、私は体を開いた。

その場所は井戸だった。


「この井戸は、なぜ使われないのです?」

井戸に私はゆっくりと近づく。

「ああ、この井戸には悪い噂があってな、

 先々代が下女に手をつけて子供が生まれると

 この井戸に落としたそうだ」


「まぁ怖い」私は兄にしがみつく。

体は大きくても人がしがみつけば不安定になる。

井戸には蓋はない

隠れていた勝家様が、全身を使って兄にぶつかる。

私はすぐ手を離すと、兄は頭から井戸に落ちた。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「長女の吉乃(よしの)です、よろしくお願いします」

母が私を紹介して、勝家様に頭を下げた

長男が居なくなれば、長女がこの家のために他家の次男を

婿入りさせる。勝家様は、にこにこと母に挨拶をした。

次男のままでは、冷や飯食いで一生を終わる事もある。

彼は秘密を守るだろう。


私は庭に行くと井戸の底を見る。

あの日から兄は行方不明のままだ。

逐電したと噂されている。


ゆらゆらと水面がゆれる、私にそっくりの兄の顔が見える

少し笑っている、私がこの家を継ぐのが嬉しいのだろう。


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